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たどるのは衰退の道か、変化を遂げ発展するのか。 岐路に立つミャンマー漆文化

板坂 真季

ミャンマー・ヤンゴン(在住歴5年)

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アジア・オセアニア|ミャンマー|2017年12月20日

 政府系英字メディア『グローバルライト・オブ・ミャンマー』(6月30日付)は、2010年以降、漆職人の人材不足が深刻で、漆産業が危機に瀕していると報じている。

今も本漆が主流のミャンマーの漆器

蒟醤技法を用いたミャンマーの伝統漆器

蒟醤技法を用いたミャンマーの伝統漆器

 ミャンマーは「最後の本漆エリア」と呼ばれ、漆好きには知られた国だ。周辺諸国が経済発展とともに人工漆製品の比率を増やしていく中、ミャンマーではいまだに本漆が多数を占めている。
 ミャンマーの漆の歴史は古い。11世紀にバガン王国のチャンシッター王が建てたとされるアーナンダ寺院の壁画に漆器が描かれていたり、当時の王が外国への使節に土産物として漆器をもたせたという記録が古文書に残っているという。
 ミャンマー漆芸ではおもに、塗り重ねた漆の上に針のような細い道具で文様を彫り、色漆を塗り込んだ後に研ぎ上げる蒟醤(きんま)と呼ばれる技法を用いる。香川の伝統漆も「蒟醤」と呼ぶが、ミャンマー漆器が起源といわれている。

漆の2大産地はバガンとチャウッカ

商店の軒先に並ぶ日常使いの漆器

商店の軒先に並ぶ日常使いの漆器

 ミャンマーで漆を収穫できるのは、比較的冷涼な気候の山岳地帯が広がる東部のシャン州だが、製作は漆芸に適した乾燥地帯であるミャンマー中部に集中している。
 中でもバガンは長く王朝を擁していたこともあり、繊細な細工を施す漆工芸が発達し、デザインも洗練されてきた。1995年には、政府はバガンにあった漆器の訓練学校を大学へ昇格させ、漆職人の育成に注力。日本貿易振興会が1999年にまとめた調査結果によると、1997年から1998年までのミャンマー漆器の生産額ではバガンが総額の90%近くを占め、次点はザガイン地方のチャウッカで6%となっている。

 日本人が漆器というと高級品をイメージするかもしれないが、ミャンマー中部では日常使いしており、農婦たちが頭に載せて農作物を運ぶ容器が漆器だったり、雑貨店の店先に並ぶ茶葉が漆器に入っていたりするほどだ。とりわけチャウッカでは工芸漆がバガンほど盛んにならなかったこともあり、おもに日用品としての漆器を製作してきた。

急激な観光産業の発展の果てに

 近年になってバガン遺跡の人気が急激に高まると、漆器は土産物として脚光を浴びるようになった。多くの漆工房が観光客向けに売店を併設。団体観光客が大型バスで工房へ乗りつけ、製作工程を見学した後に売店でショッピングを楽しむというスタイルが定着している。一方、日用使いの漆器が中心だったチャウッカではプラスチック製品に押されて漆産業は徐々に衰退していった。
 しかし、今回の新聞記事によると、民主化で外資の進出も増えてホテルやレストランが続々とできるに伴い、漆職人を目指す若者が減ってきているのだという。記事では、漆器輸出量が大幅に減少する一方、人工漆も出回り始めていると指摘。漆産業に従事する人びとは伝統漆器の絶滅を危惧し、周辺諸国と協力してワークショップを開催したり、政府の協力を得て若者に漆産業への参入を呼びかけたりしているそうだ。

観光客に製作工程を公開する漆工房

観光客に製作工程を公開する漆工房

新しい漆工芸の波

“作品”と呼びたくなる「ブラックエレファント」の漆器

“作品”と呼びたくなる「ブラックエレファント」の漆器

 こうした衰退が憂慮されるミャンマーの漆芸界に新しい風が吹き始めている。ウクライナ人アーティストであるヴェロニカ・グリツェンコさんが2000年にバガンで立ち上げた漆工房「ブラックエレファント」の製品が、ヤンゴンで人気を博しているのだ。
 グリツェンコさんが工房を始めたのは、衰退するバガン漆器を何とかしたいとの気持ちからだという。彼女のデザインする漆器はアールヌーボーを思わせるエキゾチックな動物や植物の模様が中心で、伝統技法を用いながらもエメラルドグリーンやコーラルピンクといったこれまで使ってこなかった色合いを導入。木地にも工夫を重ね、弾力があって驚くほど強靭な仕上がりを実現した。
 「ブラックエレファント」の“新しいバガン漆”は直径10cmほどの椀物で200US$近くと、伝統的な漆器の3、4倍はするが、外国人観光客や在住外国人を中心に今、静かなブームになっている。衰退するミャンマーの漆芸に新しい流れが生まれつつあるのを感じずにいられない。

出典

・Lacquerware handicrafts facing extinction (The Global New Light of Myanmar)
http://www.globalnewlightofmyanmar.com/lacquerware-handicrafts-facing-extinction/

・『ミャンマーの漆器』(1997年7月)/日本貿易振興会

板坂 真季

ミャンマー・ヤンゴン(在住歴5年)

ミャンマー在住6年目の編集・ライター&取材コーディネーター。著書に『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』(徳間書店)など。

 
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