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地域と遺跡が共生する幸せなツーリズムを目指して - カンボジアの新世界遺産、サンボー・プレイ・クック遺跡

矢羽野 晶子

カンボジア在住10年

プロフィール詳細

アジア・オセアニア|カンボジア|2017年12月06日

カンボジア第三の世界遺産「サンボー・プレイ・クック遺跡群」

 2017年7月8日、カンボジア中が歓喜の声に包まれた。ポーランドのクラクフで開かれていたユネスコ世界遺産委員会で、カンボジアの「サンボー・プレイ・クック遺跡群」が有形文化遺産として登録されたのだ。
 同遺跡は、アンコール遺跡群(1992年登録)、プレア・ヴィヘア寺院(2008年登録)に続き、カンボジアで3つ目の世界遺産となる。前出の2遺跡がアンコール・ワットを含むアンコール王朝期(802年~1431年)のものに対し、サンボー・プレイ・クックはその前、6世紀中期~8世紀に栄えた真臘(しんろう)王国時代に造られた。首都プノンペンとアンコール遺跡のあるシェムリアップのちょうど中間のコンポントムに位置し、約25平方キロメートルもの広大な範囲に、300近い寺院や痕跡が残されている、まさに大遺跡群だ。
 現存する彫刻や建築様式にも、アンコール遺跡にはないものが見られ、中には西洋との文化交流を示唆するような彫像も残っている。当時ここには王都イシャナプラも置かれていたようで、それは中国・隋の『隋書真臘伝』の中にも記載されている。

森の中に佇むサンボー・プレイ・クック遺跡

森の中に佇むサンボー・プレイ・クック遺跡

村や自然と共生する遺跡

 世界遺産登録により俄然注目され始めたサンボー・プレイ・クック遺跡だが、これまではほぼ無名の存在であった。しかし、かねてよりこの遺跡に魅了され、地道に活動をしてきた日本人がいる。吉川舞(よしかわ・まい)さんだ。
 吉川さんは、2013年にサンボー・プレイ・クック遺跡および周辺の農村地域専門の現地旅行会社「ナプラワークス」を設立。同地の魅力を発信すべく活動している。吉川さんは、サンボー・プレイ・クックの魅力は「遺跡が周辺の村や自然と共生しているところ」と言う。共生とは何を意味するのか?また、それはアンコール遺跡とはどう違うのか?

 吉川さんとサンボー・プレイ・クックとの出会いは2004年に遡る。当時、大学生だった吉川さんは授業の一環で初めてカンボジアを訪れ、アンコール遺跡へ行く途中にサンボー・プレイ・クックに立ち寄った。静かな森の中にひっそりと佇む遺跡群。遺跡のすぐそばには民家があり、子どもたちが当たり前のように遊んでいる。地域と遺跡の関わり方について学びたいと考えていた吉川さんは、このあり方に興味を持った。
 卒業後はアンコール遺跡の修復を担う日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JASA)の広報事業の一員として従事。2008年より現地に滞在し、活動を通して遺跡と地域との付き合い方を学んでいった。

日々の暮らしに溶け込んでいる“当たり前の存在”

周辺の村の子どもたち

周辺の村の子どもたち

 サンボー・プレイ・クック遺跡は、コンポントム市街地から約20km離れた緑豊かな農村にある。今も遺跡周辺には民家が点在し、村人は農業を営みながら暮らしている。彼らにとって、サンボー・プレイ・クックは日々の生活の一風景として当たり前にある存在。例えば、村の誰かが病気になった時には「そこのお寺(遺跡)の祠にココナッツの実をお供えして祈れば治るよ」などと、生活の一部として密着しているのだ。昔の日本における「近所の神社」に近いのかもしれない。

 ナプラワークスでは、遺跡だけでなく、村やとりまく自然を「そのまま体験してもらう」ことを主旨としている。ツアーは基本的にフルオーダーメイド。遺跡を見学するだけでなく、機会があれば村人とのんびり話したり、村の人に導かれて一緒に魚捕りをしたりと、彼らのありのままの暮らしを、そっと見せてもらい、体験させてもらう。それらはツアーの企画として「規格化」したものを切り売りするのではなく「あるがままの暮らし」に、少しだけお邪魔させてもらうのだ。
 また、サンボー・プレイ・クックの周辺では、ホームステイやローカルガイドなどの観光事業を村人自身が行う仕組みがかねてより出来ている。そうした既存の枠組みと連携しながら、村の案内は村人に、遺跡の案内は地元出身の職業ガイドに依頼する。通り一遍の知識だけではなく、この土地のことをよく知り、そして愛情を持って案内できることを重視している。

生かし生かされる関係を目指して

 世界的に有名になったアンコール遺跡群。毎年200万人以上の観光客が世界中から押し寄せ、観光業を含むサービス業は、今やカンボジアの主要産業の約40%(2014年ADB調べ)を占めるまでになった。
 アンコール遺跡周辺地域は国の遺跡管理局が全面的に管理を担い、環境保全に努めている。遺跡と居住地を分けるため、域内では一部住人の立ち退き規制がある一方で、乱開発や違法建築を食い止めるなどの成果も上げている。しかし、国の「ドル箱」である遺跡への経済依存は増しており、今年2月には入場料がほぼ倍額に値上げ。商業主義への過度な傾倒は批判の対象にもなっている。

当時の寺院はレンガ造りが主流だった

当時の寺院はレンガ造りが主流だった

 「私は『遺跡生態系』と呼んでいるのですが、遺跡があり、自然があり、そこに住む人がいて、そして訪れる人がいる。それらは生かし生かされる存在で、どれが欠けても幸せなツーリズムは成り立ちません。遺跡を単なる経済発展のツールにするのではなく、周辺環境を考慮した包括的な観光を考えていきたいと思っています」と吉川さんは話す。

 アンコール遺跡という、成功例とも反面教師とも言える、大きなモデルケースを抱えるカンボジア。これを第三の世界遺産にどう活かしていくのか。これからのサンボー・プレイ・クックに注目したい。

出典

・Sambor Time
http://sambortime.com

・外務省(カンボジア基礎データ)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/cambodia/data.html

矢羽野 晶子

カンボジア在住10年

現地情報誌『クロマーマガジン』元編集長。

 
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