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インドネシアでの日本語学習熱

中野 千恵子

インドネシア・ジャカルタ(在住歴17年)

プロフィール詳細

アジア・オセアニア|インドネシア|2013年12月02日

世界第2位の日本語学習者数

インドネシアの高校で使われている<br />
日本語の教科書

インドネシアの高校で使われている
日本語の教科書

2013年7月発表の海外での日本語学習者数の調査によると、日本語学習者数でインドネシアは中国に次いで第2位(87万2406人)となった。これは主に、高校での第2外国語の選択肢に日本語が採用されたことによる。2004年に高校の日本語教育のカリキュラムが改定されて以降、学習者数がさらに増え、この10年で約10倍に増加した(2003年時点の学習者数:8万5221人)。また、インドネシア人はもともと親日的で、さらに近年ではアニメやコスプレを中心にJポップ・カルチャーも浸透しはじめ、かつ、日本語ができるとよい収入が得られることも日本語学習者数の増加につながっていると考えられる。

実際、統計の数字だけではなく、2002年からジャカルタに在住している筆者の実感としても、日本語が少しずつインドネシアに浸透していることを感じている。たとえば、私が移り住んだ2002年9月は、日韓W杯の直後で、フレンドリーなインドネシア人たちは日本人の姿を見かけると「ナカタ、ナカタ」と声をかけてきたものだった。ほかには、日本軍による占領時代の名残の「サイケイレイ」や、インドネシアでも大ヒットしたドラマのタイトル「オシン」や五輪真弓の曲のタイトル「ココロノトモ」という言葉くらいで、単語の域を出るものではなかった。ところがここ2~3年で、「ワタシノナマエハ○○デス」とセンテンスで話してくるインドネシア人が見受けられるようになってきた。

ボランティア日本語教師に挑戦

教科書の目次。ひらがな、カタカナの読み書きの後は実践会話が続く

教科書の目次。ひらがな、カタカナの読み書きの後は実践会話が続く

この8月、子どもに日本語を教えてほしいというインドネシア人から私にオファーがあった。聞けば、自分の子どもが高校で日本語を習い始めたということだった。「いいですよ」と簡単に引き受けたものの、こちらも外国人に日本語を教えた経験はない。手探りでのボランティア塾がスタートした。

私の初めての生徒となったハストくんは16歳、地元の公立高校の一年生。学校ではインドネシア人が編纂した教科書を使い、インドネシア人教師から教わっている。彼の教科書を見てみると、ひらがな、カタカナの読み書きと日常会話に重点が置かれ、文法はほとんど出てこない。インドネシアでは何を学ぶにしても、理屈より先に実践という態度が貫かれているが、ここでも難しい話は抜きにして、まずは使って覚えようという姿勢が見て取れた。

「とうばん(当番)」が「とばん」と表記されていたりして、若干疑問が残る部分はあるものの、教科書はおおむねよく制作されている

「とうばん(当番)」が「とばん」と表記されていたりして、若干疑問が残る部分はあるものの、教科書はおおむねよく制作されている

ハストくんは11月現在、ひらがながほぼ書けるようになり、簡単な自己紹介や数字の読み方も覚え始めている。日イ国交樹立55周年を迎えた今年、ハストくんのような若者が増えてきていることがとてもうれしい。将来、そういった若者たちが日イの架け橋になれるよう、私も微力ながら力を貸していきたい。

出典

・国際交流基金 2013年7月8日付プレスリリース
http://www.jpf.go.jp/j/about/press/dl/0927.pdf

・国際交流基金日本語教育紀要 2号(2006)「インドネシアの高校日本語教師の成長を支援する教師研修プログラム」
http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/bulletin/02/pdf/06.pdf

中野 千恵子

インドネシア・ジャカルタ(在住歴17年)

月刊誌さらさ編集長

 
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