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ワヤンクリットはユネスコ世界無形文化遺産に指定されているインドネシア・ジャワが世界に誇る伝統芸能だ。美しい細工を施した平たい人形を、ダランと呼ばれる人形遣いが操作しながら物語を進行する。内容はラーマーヤナやマハーバーラタといったインドの抒情詩がベースで、一部、ジャワでアレンジされたストーリーも織り込まれる。伴奏のジャワガムランの、時には激しく時には物悲しい調べが上演を盛り上げる。
ワヤンクリットの上演は、通常土曜日の夜8時頃から始まり、翌朝4時過ぎに終了する。つまり、演じる側も見る側も徹夜である。

ダランは、美しく細工が施されたワヤン人形を操作しながらセリフを語り、ガムラン隊への演奏の指示も出す

ワヤン上演の伴奏をするガムラン奏者達。長時間の上演のため、仕出し弁当や飲み物が配布され、演奏の合間に飲食する。ただし、ダランは水を飲む程度で食事はしない
コロナ感染拡大で上演スタイルに異変
コロナ以前のワヤン上演では、人気のあるダランは一晩で4000人もの観客を集めた。会場は駐車場に大きなテントを設営し、そこに舞台やパイプ椅子を並べた観客席が用意されるが、パイプ椅子に座りきれない観客は床に新聞紙やビニールを敷いて座り、思い思いにワヤンを鑑賞したものだった。
しかし、コロナ期に入ってからは、夜間の無観客での上演を生配信するケースがほとんどとなり、上演時間は夜8時から0時頃までに短縮されるようになった。これにより、これまで本編に2回挟んでいたコメディータイムは1回になった。
さらに、6月末から7月にかけてインドネシアでコロナ感染爆発が起きると、芸術活動が全面禁止となり、ワヤン上演そのものができなくなった。Youtubeで過去に配信されたものを見ることはできるが、やはり生配信の臨場感に欠けるためワクワク感が足りない。ワヤンファンにとってもダランにとってもガムラン奏者にとっても辛い時期が3カ月近く続き、ようやく9月後半に入り、新規感染者数の減少とともに少しずつ規制が緩和されるようになった。ワヤンも関係者のみを集めた夜間公演プラス生配信に加え、日中にも短縮版の上演が行われるようになった。
趣の異なるレアな日中のワヤン
筆者も10月初め、日中に行われたワヤンを鑑賞してみた。体力的には眠くならないので非常に楽だったが、大人の究極の夜遊びだった従来のワヤンが持つ魅力、すなわち、夜の帳の中、人形がうごめく白い幕の一部分だけがライトアップされる美しくも妖しげな光景や、夜風に溶け込むダランの声とガムランの音色のエキゾチックな響きといった独特の趣は日中のワヤンにはなく、妙に健全で明るい印象を受けた。
だが、昼間に上演が行われるのももしかしたら今だけのことで、コロナが普通の風邪と同様の病になれば、ワヤンは再び徹夜で行われるようになるのだろう。10世紀から続くワヤンの長い歴史の中で、日中開催が今だけのものであれば、今は存分に昼間のワヤンを楽しんでおこうと思う。
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中野 千恵子
インドネシア・ジャカルタ(在住歴19年)
月刊誌さらさ編集長