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デリー、個人宅の料理の宅配が静かなブーム

水洗 満美

インド・ニューデリー(在住歴13年)

プロフィール詳細

アジア・オセアニア|インド|2020年09月04日

 新型コロナウイルスの感染者数が世界3位のインド。ロックダウンは時系列でみると、以下のように進んできた。

3/22 朝から夜までの外出禁止令

3/22~3/24 首都デリーを含む多くの地域が順次ロックダウン状態になる

3/25~4/14 第1次 全国ロックダウン
4/15~5/3 第2次 全国ロックダウン
5/4~5/17 第3次 全国ロックダウン
5/18~5/31 第4次 全国ロックダウン

6月以降 順次アンロック(ロックダウンからの段階的回復期)

 インド紙Hindustan Timesは4月に「18カ国中で、最も厳しい規制を行っているのはインドである」という、オックスフォード大学の調査結果を報じた。
 確かに、体感的にも、かなり厳しいものであった。生命と健康を維持するための最低限の用事以外では、家の外に出てはならなかった。レストランの店内飲食は、全面的に禁止。料理の宅配と、食材を販売するスーパーは営業してよし、という決まりだった。

宅配の利用や食材購入に感染の不安

(1)料理の宅配
 デリーには、以前から「Zomato」というレストランアプリが普及していた。席の予約や、評価・レビュー投稿のほか、料理の宅配にも利用できる。ファーストフードから高級レストランまで、アプリで簡単に宅配ができ、クレーム対応も「Zomato」のサポートセンターが間に立って迅速に行ってくれるため、非常に便利な存在であった。
 ロックダウンにあたり、政府は「Zomato」のようなアプリを含めた宅配サービスの利用を推奨した。
 しかし、レストラン側も、宅配サービス業者側も、人員不足に直面した。公共交通機関が止められているので、バイクや車を持たないスタッフは通勤できなかった。また、バイクや車を持っていても、必需品サービスに関わる業種の人間であることを証明する通行パスが取れるまでは、警察に咎められるのを恐れて、なかなか通勤することはできなかった。
 食材や包装材の流通にも問題が生じていたため、「Zomato」アプリで稼働しているレストランを見つけても、大半のメニューが品切れであることが多かった。

(2)食材の購入、食材の宅配
 「食材は販売してよい。宅配を推奨する」ということになってはいた。しかし、滞った流通の問題で、スーパー、ネットスーパーを問わず、入手に苦労する食材もあった。ノンアルコールの炭酸飲料すら、「生命維持に不可欠であるとはいえない」とされ、購入できなくなった地域もあった。
 ネットスーパーのアプリは一部が動いていたが、スーパー側も在庫不足とスタッフ不足のさなか、時間ごとにスロットに区切って一定数の注文だけを受け付ける方式としているところが多く、そのスロットをつかまえるために一日に何度もアプリを確認しなければならなかった。

(3)宅配への恐怖
 感染したくない人々はスーパーには極力足を運ばないようにし、宅配サービスを積極的に利用した。しかし「家から一歩も出ていないが、宅配の食材を警備員経由で受け取っていた人」や、「チェーンのピザ店から宅配アプリでピザを取り寄せていた人」が感染するに至り、宅配に対しても恐怖心が抱かれ始めた。大家が、入居者たちに「宅配アプリを利用した料理の取り寄せを禁止する」と通達する事例も散見された。
 「どこから届けられるか」にも注意が払われた。感染者の多い区域に店舗を構えるレストランからの宅配は、配達スタッフや食品包装から感染するリスクを高めるとして敬遠された。

口コミで宣伝、買い手に安心感

 そのような状況のなか、静かなブームとなったのが「個人宅の料理の宅配」であった。レストランではない。デリバリー専門店でもない。休業中のシェフでもない。個人が自宅でつくった料理を口コミで宣伝し、届ける、というものである。
 個人宅ならば多数のスタッフが調理場に出入りしている可能性はまずない。
遠方にも届けるという人もいれば、居住区内限定で販売する人もいたが、特に後者のパターンであれば、買い手には「感染者が多いかもしれない、未知のどこかから来るのではないか」という不安が少なくて済むという利点があった。

3人の個人に注目してみた

 キッシュは9インチ(約23cm)という大きなサイズ

 キッシュは9インチ(約23cm)という大きなサイズ

 個人が販売用に料理をつくっている理由はさまざまだ。3人に注文してみた。

(1)ロックダウンを機に家でつくりはじめたキッシュ
 西デリーで主婦をしていたシバーニーさん。ロックダウンが緩和され、バイクや車を利用して家族の手で宅配ができるようになってきた頃から、もともと得意料理だったキッシュの販売を始めた。メニューはホールサイズのキッシュ、2種類のみ。まだ「Zomato」アプリにも掲載はない。インド人のSNSグループでの口コミで人気が広がっている。注文の翌日、十数キロ離れた住宅地からシバーニーさんの息子がキッシュを届けにきた。
 キッシュは9インチ(約23cm)という大きなサイズ。鶏肉入りのものが1100ルピー(約1560円)、鶏肉なしが1000ルピー(約1420円)、配達料は別途100ルピー(約140円)。
 フワフワとクリーミーで分厚く、美味しい。キッシュは多くのベーカリーで売られているが、これほど美味しいものはそうそう見つからない。サイズを考えると、ベーカリーで売られている一般的なものより割安だ。
 「まだ始めて間もないけれど、大好評をいただいているので、これを私の仕事にしようと思っているの。家族の理解と協力も得られている」と、シバーニーさんはうれしそうに話す。「Zomato」アプリに登録してはどうかと、息子さんにすすめられているそうだ。

(2)「ロックダウンで暇すぎて料理に目覚めた」という富裕層女性
 近くで警備員が目を光らせている閑静な住宅街、美しい戸建ての建物、庭師がいつも手入れをしているのであろう素敵な庭。ここに住むヴィナティさんはデリー首都圏でも富裕層にあたる。
 ヴィナティさんは土曜日と日曜日だけ、夫と共に「ロックダウン・シェフ」となり、週替りでテーマを決めて料理をつくっている。理由は「ロックダウンで暇すぎるから」。この週のテーマは「ムガル料理」だった。
 翌日の昼過ぎに取りに行く旨を伝えると、さっそく連絡があった。「何時に召し上がるの?」。昼過ぎに受け取るが、食べるのは夕食時の予定であることを伝えると、「それなら、パラーターは完全には焼き上げずに、8割仕上げの状態で包みます。食べる前に、じっくりと、サクサクと手で砕けるくらいまで、鉄板で焼いてちょうだい」と、細かく指示された。美味しさへのこだわりが強いようだ。
 引き取りに行くと、ヴィナティさんは手ぶらで出てきた。後ろから料理の入った包を盆にのせたお手伝いさんが歩いてきた。

左がヴィナティさん、右がお手伝いさん

左がヴィナティさん、右がお手伝いさん

「8割までの仕上げにしておいた」いうパラーターには、電話でも指示された焼き方が紙にわざわざ印刷され貼り付けられている

「8割までの仕上げにしておいた」いうパラーターには、電話でも指示された焼き方が紙にわざわざ印刷され貼り付けられている

 この料理にふさわしい皿がなかったものの、少しずつ盛り付けてみた。どれも美味しい。「ロックダウン・シェフ」の自慢は、一般家庭で調理し包装しているという安全性と、引き取りの前日までに注文してもらうことで、材料を買い置きしておかなくてもよいようにし、新鮮な材料で料理できていることだという。
 なるほど、パニール(インドのチーズ)の新鮮さと、豆の自然な香りが際立っていた。

(3)老後の生きがい、地域住民に販売するマーマレード
 南デリーのある地域で親しまれているクリシュナおばさん。コロナ禍以前から、地域住民に、手料理をときどき売っていた。特に特製マーマレードは大人気だ。写真を見ると、おばさんというよりおばあちゃんだ。
 80代も半ばを過ぎており、老後の生きがいのために活動しているのだという。その地域に住んでいる友人に頼んで、マーマレードを購入してもらった。

 マーマレードは300ルピー(約420円)。ふたを開けたら、砂糖の板ができている。この手作り感がたまらない。味は評判通り最高だった。

 以上の3人に注文してみたが、どれも非常に質の高い料理を提供しているのが印象的だった。コロナ禍はあらゆる業種に大きな影響を与えているが、今回みた「食」の分野には、新しい光明がさしているのかもしれない。

※ 写真は執筆者が独自に撮影、または所有しているものです。記事の内容は執筆者の見解に基づくものです。

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水洗 満美

インド・ニューデリー(在住歴13年)

不動産仲介やイベント運営など日本人サポート業務を主に行う

 
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