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インドネシアにおけるイスラームと政治の関係を考える(2)~インドネシアのイスラームは穏健なのか過激なのか~

川村 晃一

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アカデミック|アジア・オセアニア|インドネシア|2017年05月12日

インドネシアの「イスラームとテロ」

 前稿で述べたように民主政治のレベルでは他宗教に対する寛容性が示されているからといって、すべてのイスラーム教徒が「穏健である」と単純化することもできない。スハルト体制時代は、国民の自由が力で抑えられていたが、過激なグループの存在も力で抑え込まれていた。しかし、民主化によって国民を力で抑える時代が終わると、「イスラーム法にもとづいたイスラーム国家」を樹立するためには過激な行動に走ることもいとわない組織も、次第に活動を活発化させるようになった。

 インドネシアでは2000年頃から爆弾テロ事件が発生するようになったが、2002年に200人以上の死者を出したバリ島の歓楽街クタでの爆弾事件を契機に、大規模な爆弾テロが続発するようになった。2003年にはジャカルタの米系高級ホテル・マリオットホテルで、2004年にはジャカルタのオーストラリア大使館前で、2005年には再びバリ島で、そして2009年には再びジャカルタのマリオットホテルとリッツカールトンホテルで、爆弾テロ事件が発生した。これらのテロ事件は、ジャカルタやバリといった外国人の集まる場所や先進国の施設・資本などが標的だったが、スラウェシ島中部のポソという一地方でも、キリスト教徒を標的としたテロ事件が続発していた。

 2002年のバリ爆弾事件当初はイスラーム過激派との関係を否定していた政府も、テロ事件が続発するなかでその事実を認めざるをえなくなり、本格的なテロ組織の摘発が始まった。警察による捜査の過程で、1945年の独立以前にさかのぼる歴史を持つ国内のイスラーム急進派グループが、アメリカでの9・11同時多発テロ事件を引き起こしたアル・カーイダ系組織ジュマー・イスラミヤ(JI)と結びつくことで、大規模なテロを実行できるだけの組織力と資金力を得ていたことが明らかになった。国内のイスラーム急進派は、1980年代にアフガニスタン紛争などで実戦経験を積んだ指導者と、シンガポールやマレーシアから支援を受けた資金や技術と、フィリピン・ミンダナオ島などで軍事教練をうけた人材を組み合わせることで、大規模なテロを実行することができるようになったのである。この時期、急進派の指導者が運営するイスラーム寄宿学校などがテロ活動の拠点となるとともに、アチェやスラウェシなどの国内にも大規模なテロ訓練キャンプが設置されて、多くのテロリストが養成された。
 これに対してインドネシアの国家警察は、米国やオーストラリアからの技術支援を受けながら、これら過激派グループの徹底的な摘発を行った。JIの最高幹部とされるアブ・バカル・バアシルを逮捕したほか、テロ犯の潜伏場所を急襲し、投降の可能性がないとみるや射殺することもいとわなかった。2009年にはJI幹部で多くのテロ事件に関与していたとされるマレーシア人のヌルディン・トップが射殺されるなど、2010年頃までには国内のJI系テロ組織はほぼ壊滅した。その後は、各地の残党が警察署などを標的に小規模なテロ事件を起こすだけになっていた。

 ところが、2016年1月、ジャカルタの中心部タムリン通りで白昼に爆弾テロ事件が発生した。中央銀行などの主要官庁や外国企業なども入居する高層ビルが建ち並ぶジャカルタ一番の目抜き通りで発生したテロ事件は、国内外に大きな衝撃を与えた。しかも、今回の事件の背後には、中東における「イスラーム国」(IS)の活動の世界的な広がりがあるところが、これまでのテロ事件と異なる点として注目された。首謀者はISに合流したインドネシア人バフルン・ナイムで、国内の過激派グループとコンタクトを取りながら事件を実行したとみられている。

 シリアを拠点とするISは、2015年11月のパリ同時多発テロ事件以降、世界各地に活動を拡散させているが、東南アジアでもこれに呼応する動きが出てきている。インドネシアの過激派も、当然その影響を大きく受けている。2014年3月頃からISに対する支持を表明する団体が国内各地に現れ、1000人以上のインドネシア人がISに何らかの形で関与しているとされている。シリアに渡ってISの活動に合流するインドネシア人もあとを絶たず、その数は400人を超えているとみられる。シリアから帰国したインドネシア人も100人以上いると考えられている。ジャカルタのテロ事件以降も、インドネシアの国内各地で、ISを支持する過激派グループが小規模なテロ事件を繰り返している。これらのグループは、かつてのJIのような広範囲なネットワークを形成しているわけでもなく、技術的にも資金的にも大規模なテロを実行できるような実力を備えているわけでもないが、インドネシアにおけるイスラーム過激派の動きが新たな段階に入ったことだけは確かだろう。

 このようなテロを実行する過激派グループは、国民一般からも、主要なイスラーム組織からも支持されているわけではなく、むしろ強い非難の対象となっている。しかし、「イスラーム国家」の樹立を目指す組織は、独立以前にまでさかのぼれる伝統をもつことを考えると、簡単に消滅するとは考えにくい。そして、「イスラーム国家」樹立のために暴力的手段に訴えることをいとわない組織を根絶することも、ほぼ不可能であろう。なぜなら、これらの組織は、パレスチナ問題をはじめとする中東紛争の影響を大きく受けているからである。
 つまり、インドネシアのイスラームが「民主主義を受け入れている穏健な宗教である」と見なすことも、「テロ事件を起こす過激な宗教である」と即断することも、いずれも一面的な見方である。インドネシアのイスラームの「多様性」を認めることが、真の理解への第一歩なのである。

川村 晃一

日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター東南アジアI研究グループ長
主な著書に、『教養の東南アジア現代史』(編著、ミネルヴァ書房、2020年)、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の登場-』(編著、アジア経済研究所、2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著、アジア経済研究所、2012年)など。

 
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