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プログラム|特別講義 -専門家に聞く-

アフリカ原体験―ケニアと日本に虹を架けるきっかけ―

坂田 泉

一般社団法人OSAジャパン(会長)・建築家

プロフィール詳細

グローバル生活者|中東・アフリカ|ケニア|2014年03月27日

はじめに

私は「虹プロジェクト」の名の下、「日本のタネをケニアでカタチに」をモットーに、日本の幾つかの企業と組んで、日本とケニアの間に虹を架けるような仕事を目指している。この連載では、ケニアで進行中のプロジェクトについてリアルタイムの話題を提供しようと思う。今回は初回なので、「虹プロジェクト」の原点ともいうべき私の「アフリカ原体験」についてご紹介したい。

ふたつの仕事

1994年から1年間、私は当時、勤めていた建築設計事務所を休職して、国際協力機構(JICA)派遣専門家として、ケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学で建築教育に従事した(図1)。日本からの無償資金協力により1981年に設立され、以来20年間、まさに日本が手塩にかけて育てた大学である。

私が担当したのは、5年制の建築学部の4年生。名誉ある第1期生として全国から選ばれた俊英二十数名だ。私は平日の5日間をそうしたエリート予備軍相手に授業を受け持つ一方、土日と休日を「もうひとつの仕事」に費やした。その相手は、学生とは対極というべき「社会の底辺で生きる」人々。例えば、道端の露店の職人やゴミ山を漁るストリートチルドレンや乞食たち。学生が未来を夢見て、雲の上の住人を目指す集団だとすれば、日々の糧を求め、地を這いながら生きている庶民の群像である。

図1:ジョモ・ケニヤッタ農工大学建築学部の教え子たちと

図1:ジョモ・ケニヤッタ農工大学建築学部の教え子たちと

そういう人々に私はナイロビの路上やスラムで声を掛け、その姿をスケッチブックに収めていった。初めのきっかけは、ある種の好奇心だ。日頃、大学で接している学生や教員、あるいはショッピングセンターや銀行で言葉を交わす人々とは全く異なる「もうひとつのナイロビ」がそこにあるはずだ。それを知りたかった。絵を描いている間に目の前で起こることのすべてが新鮮だった。

好奇心から始めたスケッチは、さらには描く相手の「内側」へ入ってゆく手段に変わってゆく。内側というのは、つまり、「貧しさの向こう側」だ。こういう人々を取り巻く現実は言うまでもなく厳しい。例えば、スラムと呼ばれるような街を訪れて、その「貧しさ」に眼を向ければキリがない。電気はない。水道もない。清潔な食べ物も満足な家もない。ただ、そこで暮らす人々を描いていて感じるのは、「それがどうした」という勢いだ。街の貧しさにどれほど眼を向けようと、街のあちこちから人々のエネルギーが押し寄せてくる。貧しさよりも先に、貧しさを生き抜いている人々の姿が眼に飛び込んでくるのだ。要するに、私はこうした人々を描くことを通じて、ケニアの社会の底に充満する力を感じざるを得なかったのである(図2~5)。

図2:ジュア・カリの街で<br />
金物を手掛けるジュア・カリ(露店職人、スワヒリ語で“熱い太陽”の意味)。ブリキ板から作れるものなら<br />
何でも作る。古レールにまたがり、たがね一本でブリキ板を切り込んでゆく姿は力強く美しい。<br />
街の子どもたちがジュア・カリに憧れる気持ちがよくわかる。

図2:ジュア・カリの街で
金物を手掛けるジュア・カリ(露店職人、スワヒリ語で“熱い太陽”の意味)。ブリキ板から作れるものなら
何でも作る。古レールにまたがり、たがね一本でブリキ板を切り込んでゆく姿は力強く美しい。
街の子どもたちがジュア・カリに憧れる気持ちがよくわかる。

図3:アフリカンナイキ<br />
古タイヤからゴムサンダルを作っている店。タイヤの模様や反りの具合を活かしながら、いろいろな形の<br />
サンダルに仕立ててゆく。タイヤのサンダルはアフリカが生んだナイキだ。

図3:アフリカンナイキ
古タイヤからゴムサンダルを作っている店。タイヤの模様や反りの具合を活かしながら、いろいろな形の
サンダルに仕立ててゆく。タイヤのサンダルはアフリカが生んだナイキだ。

図4:スラムの仕立屋<br />
自分の家の前にミシンを出して、店を構える仕立屋。背広に使えそうな布地もぶら下がっているが、<br />
ほとんどは繕いものだろう。スラムというのは、住人同士が互いにできることをして<br />
支えあっている集合体といえる。

図4:スラムの仕立屋
自分の家の前にミシンを出して、店を構える仕立屋。背広に使えそうな布地もぶら下がっているが、
ほとんどは繕いものだろう。スラムというのは、住人同士が互いにできることをして
支えあっている集合体といえる。

図5:くず拾い<br />
大きな袋をかつぎ、ゴミ山を渡り歩く男。金になりそうな廃品を集めている。街はずれに段ボールとビニールシートでこさえた家があり、仲間と住んでいるという。多くはストリートチルドレンのなれの果てだ。

図5:くず拾い
大きな袋をかつぎ、ゴミ山を渡り歩く男。金になりそうな廃品を集めている。街はずれに段ボールとビニールシートでこさえた家があり、仲間と住んでいるという。多くはストリートチルドレンのなれの果てだ。

ふたつの力

その一方で私は大学で、技術や知識の持つ力を学生たちに伝えることに関わっていた。道端でたくましく生きる人々が体現する「道端の力」と、大学で学生たちに伝えられる「大学の力」。いつしか、この「ふたつの力」が私自身の中で大きなテーマとなってゆく。つまり、ケニアという社会のあるべき姿を考えた時、この「ふたつの力」を共に活かすことがどうしても必要ではないかと考えたのだ。

「大学の力」に象徴される現代の技術や知識がケニアにもたらすものは測りしれない。ただ、それだけでは十分ではないと思った。ともすれば、大学で伝えられる知識や技術は、ケニアの現実と乖離していることが多い。例えば、大学では当たり前のように「鉄筋コンクリート造」が教えられる一方で、多くの庶民が暮らしているのは、木の枝に土を盛りつけたような壁の家だ。ここには大きなギャップが存在している。しかし、「大学の力」と無縁の暮らしを生きる人々にも力は溢れている。自分たちが手に取れる手段と創意で日々の暮らしを構築しているのだ。この人々の力に眼を向け、その力を活かすことを考えるべきだ。そうでなければ、ケニア社会の上から下まで行き渡る豊かで明るい未来はない。それが1年間、大学で教え、道端で描きながら、悩み、考えた末に私が得た結論だった。

心にアフリカを持て

こうした「宿題」のようなものを抱え日本に帰った私は再び元の建築設計事務所に復職し、以前と同じような仕事に戻った。表面上は私の日常からアフリカは消えた。しかし私はアフリカを忘れることはなかった。心にアフリカを持て-それが当時の私のモットーだった。毎日の仕事は国内のプロジェクトばかりだから、アフリカのような途上国に固有の、例えば、水やエネルギーなどの問題について仕事を通じて考える機会はなかった。そこで私は、仕事以外の場で、勉強会やワークショップに参加し、いろいろな知識や専門家とのネットワークを蓄えていったのである。私の心にはいつもアフリカがあった。しかし、そうした心の中のアフリカが再び、アフリカへの新たな動き、しかも、自分の職能を活かしたアフリカとの関わりへと結びつくには、さらに10年を超える時間が必要だったのである。

補足

次回以降、私たちがケニアで取り組んでいる環境関連プロジェクトについてご紹介してゆくにあたり、ケニアという国の概要とプロジェクトの背景となる状況について触れておこう。

◇ケニアの概要

国土面積58万2,646平方キロ
人口4,461万人(注1)
首都ナイロビ
公用語スワヒリ語、英語
宗教キリスト教82.5%、イスラム教11.1%、伝統宗教1.6%、その他の宗教1.7%(注2)
民族キクユ人、ルオ人、ルヒヤ人、カンバ人、カレンジン人など
独立年月日1963年12月12日
通貨ケニアシリング(KSh)(1KSh=1.19円、2014年3月)


◇ケニアのインフラ、エネルギー事情
ケニアのGDP成長率は年率4%を超え、若年層の人口増加を背景に購買力のある中間層が形成され、今後の成長が期待されている。しかし、急激な人口増加と都市集中化から、近年、特に都市部および都市近郊におけるインフラ整備、エネルギー供給が追いつかず、ケニア政府はこれらの問題を国家開発計画『KENYA VISION 2030』において重要課題として位置づけている。


◇ケニアの水・トイレ事情(注3)
ケニアでは、飲料水を自宅の水道から入手できている人は全人口の約11%、給水施設で購入している人が約48%で、女性や子どもが給水所への往復で1日何時間も拘束されている。残りの人たちは衛生的な水を確保できず、雨水や河川水をそのまま飲用している。また、自宅に水洗式のトイレがある家は全体の約1/3で、都市部でも約半数の人たちが共同トイレを使用している。下水道整備は遅れており、排泄物のうち下水処理施設で処理されるのは約6割。残りは腐敗槽(セプティックタンク)や人工の溜め池で簡易処理された後、土壌に排出されているが、自然の浄化作用が追いつかないケースも多く、環境汚染の拡大が懸念されている。こうした事情を背景に、私たちは株式会社LIXILと、「下水道などのインフラに依存せずに人間が居住するための設備ユニット(以下、インフラフリー・ユニット)」の開発をケニアで進めている。

次回から、「インフラフリー・ユニット」に関する話題を中心に、現地からリアルタイムの情報をお届けしたい。

坂田 泉

一般社団法人OSAジャパン(会長)・建築家

2011年、OSAジャパンを設立。「虹プロジェクト」の名の下、ケニアと日本の間に虹を架けるような仕事を目指している。主な著作に『ムチョラジ!』(求龍堂)などがある

 
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