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関心高まる「経済安全保障」、技術発展とのバランス難しく

末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)(ベーカー&マッケンジー法律事務所)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、法務省司法試験考査委員、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

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ビジネス全般|グローバル|香港|2021年12月22日

はじめに

 最近、企業のコンプライアンス関連で特に注目を集めている分野の一つが、経済安全保障である。従前より、「経済安全保障」という概念は用いられており、官民ともに意識されていた分野ではあるが、国際的な動きや要請に伴って、昨今それへの対応が加速している。

 各国が経済安全保障に基づく措置をとる中でこれを怠った場合、有事の際に物資や資源が枯渇するようなことが起こらないようにするために、各国と足並みを揃える必要は理解できる。また、各国固有の必要性も考えられる。しかしながら、経済安全保障を考えるに当たっては、各国の置かれている状況、タイミング、状況にあった適切な対応とその匙加減が重要である。それがずれると、予期せぬ経済や技術発展の後退を招きかねない。

 政府、民間企業ともに難しい舵取りを迫られている状況を概観し、今後の対応について考えてみたい。

「経済安全保障」とは

 最近「経済安全保障」という言葉をよく耳にするようになった。その意味については、様々なものを含むと考えられるが、辞書には、以下のような説明がある。
 「経済的手段によって安全保障の実現を目指すこと。国民の生命・財産に対する脅威を取り除き、経済や社会生活の安定を維持するために、エネルギー・資源・食料などの安定供給を確保するための措置を講じ、望ましい国際環境を形成することをいう。」*1
 従前「経済安全保障」といえば、まさにこの説明が示すように、経済や社会生活の安定を維持するために、エネルギー・資源・食料について国内自給率を保持しつつ、不足する部分は海外からの調達手段を確保し、平時のみならず有事にも対応できるよう常時配慮されていること、と捉えられることが多かった。この点について、特に平時においては、民間企業の自由な活動に委ねるだけでは、経済的な需給関係に従って調達が行われ、バランスが崩れる怖れもある。このため、政府による目配りも必要になっている。

 2010年に中国がレア・アースの対日輸出規制を行った。その際、日本のレア・アースが極めて高い割合(2009年において86%)で中国からの輸入に依存していることが明らかとなった。中国の輸出規制によって調達に多大な支障をきたす事態に直面した日本企業・政府は、調達先を直す必要性に迫られた(2015年に対中依存度は55%まで低下)。このようなケースは、資源の安定供給を確保するための経済安全保障の措置といえるであろう。*2
 これに対し、最近はより国家安全保障と技術移転を意識した意味で「経済安全保障」という語が用いられているように感じる。このことは、特に米中の貿易摩擦、技術移転規制、外資規制によって、拍車がかかる。

体制づくり急ぐ日本政府、担当大臣を新設

 2021年10月に発足した岸田内閣において、経済安全保障担当大臣が新設された。
 外務省も、2020年8月3日付で経済局経済安全保障課を廃止し、経済局政策課の下にエネルギー、鉱物資源、食料の安定供給の確保に関する事務を所掌する資源安全保障室を新設した。さらに、同日付で、総合外交政策局安全保障政策課の下で安全保障政策のうち経済、技術、サイバー等に関する事務を所掌する新安全保障課題政策室の室名を経済安全保障政策室に変更した。従前「経済安全保障」という言葉で包括されていたものを「資源安全保障」と「経済安全保障」とに区分したかたちとなっている。*3
 公安調査庁は「経済安全保障特集ページ」を設け、「経済安全保障啓発リーフレット」を発行し、啓蒙活動を行っている。*4
 金融庁は令和4年度予算案の概算要求に「経済安全保障室」(仮称)の新設費用を盛り込んだ。金融分野における経済安全保障体制の強化に向けた体制を整備する。*5
 経済安全保障については、外為法を所管する財務省や経済産業省に加え、金融庁、外務省や公安調査庁、さらには取締等を行う警察庁など多くの官庁が関わることになる。

 背景には後でも述べるとおり、米中対立の深刻化、国際情勢の緊迫化がある。各国が経済安全保障を意識した法制度を整備する中で、これらと均衡がとれたかたちでの経済安全保障制度を整備することが、内外で求められるようになってきた。

バイデン政権で動き加速、中国も法整備で対抗

 経済安全保障に基づく法制が活発化した契機として、米国の新たな投資規制である外国投資リスク審査近代化法(The Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018, FIRRMA)が2018年に成立し、対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States, CFIUS)の権限が強化されたことが思い起こされる。*6
 また、輸出管理改革法(Export Control Reform Act, ECRA)が、「新興技術」(Emerging Technologies)と「基盤的技術」(Foundational Technologies)を米国輸出管理規則(EAR)によって規制しようとしたことや、外国直接製品ルール(Foreign Direct Product Rule)の拡大によって、対Huaweiへの主に半導体関連の技術移転が規制されたことも、現代的な経済安全保障の例である。*7
 米国のこの動きはバイデン政権になってからも色褪せることはなく、さらに整備が進んでいる。

 このような動きに対抗するかのように、中国も経済安全保障上の動きを加速させる。
 中国における輸出管理は、これまで主に、①対外貿易法に基づく下位法規(例:技術輸出入管理条例)と、②安全保障関連品目に関する個々の法規(例:軍民両用品及び技術輸出入許可証管理規則)とで規制されていたが、2020年12月1日に、輸出管理に関する初めての包括的な法律である「輸出管理法」が施行され、今後は同法の下に様々な下位規則が再編され、規制が行われていく見込みである。*8
 また、2021年1月に外国法の域外適用の承認・執行・遵守を禁止する「外国の法律及び措置の不当な域外適用を阻止する規則」が、2021年6月には外国の制裁措置への、対抗措置の根拠法となる「中国反外国制裁法」がそれぞれ施行され、米国等を念頭に置いた、制裁措置や輸出管理規則の域外適用に対抗するための国内法が整備がされた。

 上記のような日本政府や各国政府の動きを受けて、日本企業の中にも、経済安全保障という名称を有したり、これを内容とする部門の設置が相次いでいる。この点、在外のグローバル企業においては、コンプライアンス部門において、経済安全保障を意識した対応をとっている場合が多い。

経済活動が前提、合理的・現実的な運用が課題に

 以上のように、経済安全保障は様々なかたちで問題となるが、特に昨今は技術移転との関係で意識されるようになった。
 米国の対中輸出規制により、半導体の中国企業、特にHuaweiへの出荷が著しく制限されることとなった。加えて、コロナ禍における工場の稼働停止等により、半導体の供給不足が続いた。これが、自動車、携帯電話等、半導体を主要な部品とする多くの製品の供給不足へとつながっている。実際に日本でも、本年5月に契約した自動車の納車が11月現在で未だ行われていないというような話を聞く。半導体の供給不足によるという。

 このような状況下において、半導体のサプライ・チェーンの重要性が改めて認識されるに至っている。半導体を自国で生産できないことは、経済安全保障において、著しい支障になる。
 各国は多額の補助金を投入し、半導体産業を支援する産業政策をとるようになった。産業政策は本来自由であるべき経済活動に対して、資源配分の適正化や、産業構造の高度化、環境問題等の社会的問題への対応を目的として政府が一定の介入を行うことを意味する。よって、自由主義経済を標榜する国の政府は、産業政策をとることに一抹の躊躇があるはずである。にもかかわらず、各国が半導体産業に補助金を投入するのは、従前の国境をまたがる全世界的な半導体のサプライ・チェーンが将来、現在と同じように期待できないのではないかと思われる事態が実際に進行しているからである。将来、自国で半導体製造の全過程において製品開発・調達・製造を遂行できるようになった国が現れた時、自国が経済安全保障のリスクに晒されるかもしれない。そのリスクをできるだけ減じておこうとするのは、やむにやまれぬ事情ともいえる。

 ただ、その対応は30年遅くはないだろうか。
 半導体関連の人や技術は流出し、当時日本企業の半導体技術を目指していた国々が、半導体の主要メーカーを台頭させている。日本政府が支出する補助金は、純粋に日本企業に向けられたものでもない。
 反面、現時点での状況を前提にすれば、これ以上競争力の低下を招かないようにするために、国内での生産拠点を一つでも増やし現実にその産業に携わる人を増やすところから始めざるを得ない。我々は自国の置かれていた状況について認識を新たにする。
 海外からの技術の流入を期待して開発を進めるのであれば、外国からの技術の移転を期待できる環境設定がまず必要であり、開発・生産した半導体が国内の需要だけでなく、海外の需要も期待するのであれば、その際の輸出規制に抵触しないか検討が必要になる。経済安全保障を理由に技術移転を過度に規制した場合、海外からの技術の移転が受けにくくなることも想定される。経済安全保障の根底にあるのは、重要かつ機微な技術情報が、軍事目的やテロ目的のような活動をする海外に流出することを危惧するものであるが、明日の技術的リーダーが誰かも分からない状況において、技術情報を得られなくなるような規制を推し進めることには慎重な対応が求められる。

 加えて「国家安全保障」も「経済安全保障」もお題目として重要であることは言をまたないが、いずれも経済活動が回っていてこそ成り立つものである。その運用には合理的かつ現実的対応が必要となる。対Huaweiへの技術移転を過度に規制している米国のBIS(米国商務省産業安全保障局(US Department of Commerce's Bureau of Industry and Security))も、実際にはかなり柔軟に輸出承認を行っていることが報じられている。米国企業にとっても中国市場は依然として重要なはずである。「経済安全保障」が過度に独り歩きすることなく、合理的な運用を目指していく必要がある。

経済安全保障の根本は「人」

 経済安全保障の対策として、技術の不正な流出ばかりがクローズ・アップされており、輸出規制や制裁規制を中心とした管理の強化が図られているが、人自体の移動についてどのような目配りがされているのか、把握しづらい面がある。

 不正な技術移転の例として、2019年に電子部品製造会社から技術情報を外国に持ち出したとして元社員が逮捕・起訴された事例や、2020年に通信会社のサーバーに不正にアクセスしデータを取得したとして元社員が逮捕・起訴された事例等が紹介されている。元社員は、外国の情報機関員に情報の不正取得をそそのかされていたとみられているという。*4
 技術の不正取得の手法として、ある企業が持つ高度な技術を取得する目的でその技術開発に携わる従業員に高額な報酬を提示してリクルートする、というような手法が挙げられる。*4
 明らかに軍事転用目的であったり、大量破壊兵器の開発・製造に関わっていたり、テロ組織とつながりがあるような場合に、このような人材の流出に矛先を向けるのは特に問題はないといえる。

 しかしながら、日本からの技術の流出、あるいは他国の半導体事業における急速な発展は、ごく普通の人材活用から起こっている可能性も考えられる。ノーベル賞受賞者にも、日本ではなく外国を研究の場として選び、国籍まで変更している人もいる。高名な大学の教授が中国の大学に移籍する理由は、日本の大学には定年があり、定年後は研究を継続することができないために、十分な研究環境が準備された中国の大学に職を得ることになったという報道があった。また、日本の半導体開発者の中には、研究開発の場が自社の中になくなり、途方に暮れていた状況にあって、研究開発の場を提供する海外の企業に移籍した、という人も少なくはないと考えられる。日本の研究・開発環境に失望してやむを得ず海外にその場を求めていった人があえて、日本の環境の不十分さや自らの移籍を公言することは多くはないと考えられる。
 経済安全保障の根本は、結局は「人」ではないだろうか。ソフトウェアもアルゴリズムも計算結果も重要であるが、知識やコツやノウハウは、結局は「人」について回る。研究者や従業員の尊厳、プライド、研究環境、生活の安定といったソフト面への対応が意外と大きな影響を持っている可能性はないだろうか。
 そして、「経済安全保障」の焦点の一つとして、大学・研究機関における技術流出が挙げられる。外国からの研究者への技術移転・情報移転について今後規制がかけられることになると考えられる。他方、現在の日本の大学の活性化において、海外からの留学生が大きな役割を担っていることは否定できない。国際化は大学の取り組む課題として重要である。大学や研究機関における自由闊達な情報交換が阻害されると、大学全体の質や活気の低下を招きかねない。これは新たな「経済安全保障」上の問題を引き起こす。「経済安全保障」が日本の孤立を引き起こさないように、慎重な対応が必要になる。

経済・技術の発展を阻害しない取り組み重要に

 にわかに活況を呈してきた「経済安全保障」について現状を概観して、「経済安全保障」の重要性の現代社会における高まりを感じる。人間は、人間自身の手によって世界を破壊しうる道具を手にしてしまった以上、その手段が用いられないようにするために、あらゆる努力を傾ける必要がある。その意味での「経済安全保障」の重要性には異論はない。

 心配なのは、「経済安全保障」の名の下に、あるいはそれに名を借りた規制が濫用されることのないようにすることではないだろうか。かつて半導体で多くの特許を有した東北大の西澤潤一教授の元に、外国から多くの研究者・技術者・ビジネスマンが訪れた。特許を取得してその技術を世界と共有するシステムがある以上、過度な規制によって自由な経済発展や技術発展が阻害されることがないようにと願わずにはいられない。

 「経済安全保障」も自由貿易の枠組みの中での知恵であり、それが「踏み絵」のように自由闊達な発想そのものまで阻害して、守るべきものそのものがなくならないように、多方面でのリスクに配慮しつつ進む難しい舵取りが求められる時代となった。

出典

・*1 小学館『大辞泉』

・*2 東亜日報「日本はどうやってレアアース紛争で勝利したのか」2019年7月27日
https://www.donga.com/jp/article/all/20190727/1801579/1

・*3 外務省「経済局、国際法局及び総合外交政策局の組織改編等」2020年7月31日
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008637.html

・*4 公安調査庁「経済安全保障特集ページ」
https://www.moj.go.jp/psia/keizaianpo.top.html

・*5 金融庁「令和4年 予算、機構・定員要求について」2021年8月
https://www.fsa.go.jp/common/budget/yosan/4youkyuu/01.pdf

・*6 拙稿「技術的優位性への闘い~米国、新たな投資規制「FIRRMA」導入」2018年12月25日、日経リサーチ・グローバル・マーケティング・キャンパス
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1040

・*7 拙稿「米国輸出管理改革法(ECRA)とファーウェイ規制」2019年7月3日、日経リサーチ・グローバル・マーケティング・キャンパス
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1089

・*8 「中国輸出管理法の概要」
https://www.bakermckenzie.co.jp/wp/wp-content/uploads/20210715_ClientAlert_ITC_J.pdf

関連ページ

・対ミャンマー制裁と企業の活動
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・コロナ禍と海外拠点におけるマネジメント人材
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末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)(ベーカー&マッケンジー法律事務所)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、法務省司法試験考査委員、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

国際通商法、経済法、商取引法等を中心に実務に携わる。

<主要著作>
『Q&A FTA・EPAハンドブック』(民事法研究会、2013)
『国際投資仲裁ガイドブック』(中央経済社、2015)
『書式 会社非訟の実務』(共著、民事法研究会、2008)等多数

 
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