トップ  >   プログラム  >   特別講義 -専門家に聞く-  >   ミャンマーのクーデターはインドネシアに伝播するか?

プログラム|特別講義 -専門家に聞く-

ミャンマーのクーデターはインドネシアに伝播するか?

川村 晃一

プロフィール詳細

アカデミック|アジア・オセアニア|インドネシア|2021年04月16日
ミャンマーのクーデターを批判するデモ

ミャンマーのクーデターを批判するデモ

 2月1日にミャンマーで発生した軍事クーデターは世界に衝撃を与えた。2011年に40年以上にわたる軍政が終わってから徐々に政治的自由化が進められ、2015年の総選挙でとうとう民主化指導者のアウンサンスーチー氏が率いる政権が発足するなど、民主化運動が何度も武力で弾圧されてきたミャンマーでも民主政に向けた歩みが感じられるようになっていたところだった。政治的自由化の進展とともに経済の自由化も進められ、欧米の経済制裁が解除されたこともあって、「アジア最後のフロンティア」として多くの日系企業が進出しつつあるところだった。
 クーデター後、ミャンマー国内外で軍に反発した市民によるデモなどの抗議運動が発生しており、同国に進出した外国企業の活動にも影響が出始めている。

東南アジアにおける軍と政治

 東南アジアのなかではタイも軍事クーデターが頻発する国として知られる。最近でも2006年と2014年に軍事クーデターで民主政が覆されている。2019年に表面上は民政移管したものの、現在も軍がコントロールする政権が続いており、民主化を要求する市民運動との衝突がしばしば発生している。
 そもそも東南アジアは、軍が政治に関与する度合いが独立以来高い地域である。タイ、ミャンマー以外でも、カンボジア、ベトナム、ラオスなどは権威主義的な一党支配を軍が支える構造が続いている。1986年の民主化以前のフィリピンも同様であった。インドネシアでは1998年に民主化するまで、32年間にわたって軍が支配の中心に位置していた。東南アジアにおいて軍が政治に関与してこなかった国は、シンガポールとマレーシアしかない。
 つまり、軍がプロフェッショナルな組織として国防に専任し、文民統制(シビリアン・コントロール)の下に入っている国は、東南アジアでは例外的である。その背景には、軍が植民地支配からの独立の過程で大きな役割を果たしたことや、独立後も国内に分離独立運動や共産主義勢力など軍以外の武装勢力が存在したことがある。それらの問題を解決するために、文民政府は軍に頼らざるをえなかったのである。また、そうした政治的な不安定性が、国家と国民を守るためには軍による政治介入が必要であるという主張に正統性を与えてきた。

なぜミャンマーでクーデターが起きたのか?

 今回ミャンマーで軍事クーデターがなぜ発生したのか比較政治学的に考えると、2つの理由があるように思われる。1つは「上からの民主化」の限界、もう1つは「軍との役割分担の失敗」である。
 ミャンマーにおける2011年の民政移管は、反政府勢力の要求によって実現したものではなく、経済苦境に直面した軍が国際社会に復帰するために自ら取り組んだ「改革」であり、国軍が政治の中心であることに変わりはなかった。その後のテインセイン大統領の下で政治的にも経済的にも改革が進み、2015年には自由な選挙が実施されてスーチー氏を中心とする新しい政権が樹立された。しかし、2008年に国軍が作った憲法によって国軍にはさまざまな特権が与えられており、最終的な拒否権を国軍は保持したままであった。2020年総選挙でスーチー氏率いる与党が大勝し、軍の特権を認めている2008年憲法の改正が現実味を帯びてきたことは、軍の許容範囲を超えるものだっただろう。軍のクーデターは、「これ以上の民主化は許されない」という軍の意思を示すものだといえる。
 軍にクーデターを実行させないためには、国軍内の改革派と文民政治家の間で協力関係が築かれ、かつ軍の利害をある程度保障するような取り決めがなされる必要がある。つまり、民主制の下でも軍の存在意義が認められ、政治に直接関与しない方がむしろ利益に適うと軍が認識できるようになることで「軍は兵舎に帰る」と決断できるのである。しかし、ミャンマー国軍内では改革派と目される人物が一掃される一方、スーチー政権側はあくまで2008年憲法の改正にこだわったことで、両者の間に妥協が成立する余地はなくなってしまったといえる。

軍の政治介入、制度上難しい

【左】1998年5月トリサクティ大学でのスハルト辞任を要求するデモ<br />
【右】大統領辞任を発表するスハルトと後継者となったハビビ(当時副大統領)

【左】1998年5月トリサクティ大学でのスハルト辞任を要求するデモ
【右】大統領辞任を発表するスハルトと後継者となったハビビ(当時副大統領)

 それでは、過去に長い軍政を経験したが現在は「軍が兵舎に戻っている」インドネシアでも再び軍がクーデターを起こし政治の実権を握るようなことはあるのだろうか。
 筆者は、いまのインドネシアでミャンマーのようなクーデターが発生する可能性は低いと考えている。かつてのインドネシアでは、ミャンマーと同様に現役の軍人が閣僚に就任し、議会では軍人のための議席がリザーブされていたが、民主化後の改革のなかでそのような仕組みは廃止された。公式に軍が政治に介入する制度はもはや存在せず、国民も軍が直接的に政治に関与することを許容はしないだろう。

 このようにインドネシアで軍が政治との距離を保てるようになったのは、ミャンマーのクーデターを考える際にあげた2つの理由と関わっている。
 インドネシアにおける民主化は、軍が主導するミャンマーの「上からの民主化」とは異なり、反政府運動を展開した市民および民主化指導者の「スハルト退陣」要求に対して、体制側の文民政治家たちがスハルト大統領を裏切って合流したことで実現した。この過程で国軍は、ポスト・スハルト体制のあり方をめぐって内部分裂をしていたこともあり、主導権を握ることができなかった。民主化運動に対して銃口を向けた軍に対する市民の反発も強く、軍の政治関与廃止を求める国民の声に軍が抗うことは難しかった。こうして民主化後わずか4年ほどの間に文民統制の仕組みができあがったのである。
 しかし、体制転換と民主化を主導した文民政治家たちは、軍を完全に排除したわけではなかった。どの政権でも複数の元軍人が閣僚に任命され、彼らが政権の中枢を担う場合も多い。現大統領のジョコ・ウィドド氏の前に10年間政権を担当したスシロ・バンバン・ユドヨノ氏も国軍の元将校である。地方ではいまでも軍人は地元有力者の一角を占めている。民主化改革のなかで国民の軍に対する信頼感も回復し、リーダーシップが強いというイメージから軍人出身者を国家指導者として期待する国民も多い。
 また、文民政治家は軍の利害を侵害しないように配慮するとともに、政治以外の役割を与えることで民主政のなかでの居場所を確保させた。軍内の人事への不介入、国防予算の増額、軍の持つビジネス利権の黙認など、軍の自律性を侵さない配慮が民主化後もなされてきた。
 一方で、国内の治安確保の役割を警察に移譲するかわりに、災害対応やイスラーム過激派などによるテロの取り締りなど、新しいミッションを与えることで軍と文民の役割分担をする体制が整えられた。こうしてインドネシアの国軍は、直接政治に関与するよりも、民主政にとどまることの方に利益を見いだすようになっているのである。
 しかし、だからといってインドネシアの民主政が安定しているとは言えない。軍事クーデターの心配は小さいが、社会の分断が深まるとともに言論・結社の自由、多様性の保障、熟議といった自由主義的価値がないがしろにされ、民主主義の質が低下しつつあることが多くの識者に指摘されつつある。インドネシアにおける「民主主義の後退」の問題については、また別の機会に論じたい。

出典

・川中豪・川村晃一編『教養の東南アジア現代史』ミネルヴァ書房、2020年。

・川村晃一「スハルト体制の崩壊とインドネシア政治の変容」(和田春樹他編『岩波講座東アジア近現代通史第10巻 和解と協力の未来へ 1990年以降』岩波書店、2011年所収、265~288ページ)。

・工藤年博編『ミャンマー政治の実像――軍政23年の功罪と新政権のゆくえ』アジア経済研究所、2012年。

・工藤年博編『ポスト軍政のミャンマー――改革の実像』アジア経済研究所、2015年。 中西嘉宏「アウンサンスーチー圧勝の理由と、それが暗示する不安の正体」『IDEスクエア』2020年11月
https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2020/ISQ202020_040.html

・本名純『民主化のパラドックス――インドネシアにみるアジア政治の深層』岩波書店、20013年。

・画像出典元:(1) ミャンマーのクーデタを批判するデモ
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Demonstrators_denounce_the_military_coup_in_Myanmar.webp

・画像出典元:(2) 大統領辞任を発表するスハルトと後継者となったハビビ(当時副大統領)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Suharto_resigns.jpg

・画像出典元:(3) 1998年5月トリサクティ大学でのスハルト辞任を要求するデモ
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:May_1998_Trisakti_incident.jpg

関連ページ

・止まらないコロナの感染拡大、苦戦続くインドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1214

・インドネシア政府のコロナ対策に国民の厳しい視線
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1200

・インドネシアの首都移転は本気か?
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1157

・インドネシアでワクチン接種始まる~インフルエンサーを優先
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/overseas_detail/id=1221

・史上初のオンライン日イ友好イベント、成功裏に終了
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/overseas_detail/id=1216

・【世界の統計局】インドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/stat_area/?search_ext_col_01=01&topics_ext_options_search=1#area244

川村 晃一

日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター東南アジアI研究グループ長
主な著書に、『教養の東南アジア現代史』(編著、ミネルヴァ書房、2020年)、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の登場-』(編著、アジア経済研究所、2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著、アジア経済研究所、2012年)など。

 
PAGETOP