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プログラム|特別講義 -専門家に聞く-

香港をめぐる米中の駆け引き-米国香港自治法と香港国家安全法-

末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)(ベーカー&マッケンジー法律事務所)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、法務省司法試験考査委員、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

プロフィール詳細

ビジネス全般|グローバル|香港|2021年01月25日

はじめに

 香港が英国から中国に返還された1997年7月1日、そこから50年間は一国二制度がとられ、香港で社会主義政策がとられないことが約束された。香港は、中国本土とは異なり、輸出入規制がほとんどなく、関税もかからない。この一国二制度は、2047年まで継続するはずであった。ところが、最近、香港の中国化が進行している。
 中国共産党当局は中国本土と同じような規制を香港にも及ぼそうとしており、これに対する反発が近年香港で繰り広げられた民衆のデモ等によって顕在化し、このような反対運動に対する締め付けも厳しくなった。中国は2020年5月28日、香港国家安全法の制定方針を決定し、同年6月30日、香港特別行政区の国家安全を維持するために守るべきルールを罰則付きで制定した。
 これに対して、米国は2020年7月1日に香港自治法を制定し、同月14日に施行された。同法は香港の自治を脅かす個人・団体に対して、制裁を課すものである。

 米国の香港自治法によって、企業や個人が制裁対象者に指定された場合、当該企業・個人との取引は米国法の下、制約を受けることになる。また、香港国家安全法によって、国家安全を脅かす主体として、企業や個人が指定された場合、当該企業と個人との取引については注意を要する場合も考えられる。

 国際都市である香港では、日本企業も含めて、多くの個人・企業が活動をしている。上記双方の法律によって、どのような制約を受けることになるのか、香港で活動する主体は、それぞれの法律及び当局の動きを注視する必要がある。
 これら一連の動きを追いつつ、今後の見通しについて検討する。

香港の成り立ち

 香港は1939年から1842年のアヘン戦争後、大英帝国の植民地となった。1842年、南京条約が締結され、最初に香港島が英国に永久割譲され、1860年に九龍半島が割譲、1898年に新開が租借された。
 太平天国の乱(1851~1864年)、義和団事件(1900~1901年)、辛亥革命(1911~1912年)、日中戦争(1937~1945年)等が原因で、中国本土からの難民が香港になだれ込んだ。第二次世界大戦(1939~1945年)の間、英軍と香港義勇軍が放逐され、日本の軍事占領が1945年8月まで続いた。
 戦後、香港において、英国統治が再開され、1997年まで続いた。英国は、中華民国ではなく、中華人民共和国を返還・移譲交渉相手に選び、中華人民共和国との交渉と英中共同声明の結果、香港は英国から中華人民共和国に返還された。一国二制度の下、1997年7月1日、香港は中華人民共和国の最初の特別行政区になった。
 1989年の天安門事件をきっかけに、中国本土から香港への移民は増加した。現在も香港は中国本土とは異なる法制度を有し、独立した司法機関を有する。中華人民共和国により起草された香港特別行政区基本法によって香港の政治は行われ、同法には外交・防衛以外の全ての事柄について、香港が高度な自治権を有することが規定されている。香港の自治権は、中国中央指導部の委任・承認に基づき地方を運営する権限であり、完全な自治権、地方分権的なものではないと解釈されている。香港特別行政区基本法によって、50年間一国二制度が維持されることになっており、2047年まで資本主義システムが継続して採用されることになっている。

香港における問題の顕在化

 香港では植民地時代の行政、官僚主導の政治体制から、民主化・政党政治への移行が期待されたものの、中華人民共和国からの度重なる介入により、民主化の後退が懸念される事態に直面してきた。

 2017年香港特別行政区行政長官選挙から、一人一票の「普通選挙」が導入される予定であった。ところが、2014年8月31日、中国の全国人民代表大会常務委員会は、行政長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要であり、候補は2~3人に限定すると決定した。これに対して、香港の民主化団体は、指名委員会の多数は親中派で占められるため、中央政府の意に沿わない人物の立候補を事実上排除する目的であると批判し、学生を動員して授業のボイコットを開始。一連の香港反政府デモへと発展した。この反政府デモは「雨傘革命」と呼ばれ、マスコミも連日これを報道し、全世界的な注目を集めることとなった。また、香港市民がこれほど政治的問題に高い関心と熱意を持っていることも我々は知ることになった。

 2019年の反政府デモは中国本土、マカオ、台湾への犯罪者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例改正案」の撤回を求めるものであり、同改正案は撤回されるに至った。騒乱により死傷者も発生し、法案撤回後も警察の暴力行為の追及や普通選挙の導入を掲げ、民主化デモが続いた。

 2020年1~2月、中国政府は香港担当の政府機関トップを更迭し、香港政策の立て直しに乗り出した。同年5月28日、国会に相当する全国人民代表大会(全人代)で香港国家安全法を制定する方針を打ち出した。香港国家安全法とは、中国政府に対する反逆、分離、扇動、転覆を禁止する内容の法律であり、香港特別行政区基本法第23条では、香港政府が香港国家安全法を制定しなければならないことを規定しており、香港の立法会は長年、同法の導入を試みてきた。しかし、表現の自由や報道の自由などの権利を脅かすものだとして市民の反対が強く、2003年に国家安全条例の施行が試みられた際には50万人が参加する大規模な抗議デモが発生し、法制化断念に追い込まれたという経緯があった。2020年6月30日の全国人民代表大会常務委員会第13期第20回会議で、香港国家安全法案が全会一致で可決、深夜に公布・施行された。

香港国家安全法の内容

 香港国家安全法は国家分裂(secession)、政権転覆(subversion)、テロ活動(terrorist activities)、外国勢力と結託して国家安全に危害を加える行為(collusion with a foreign country or with external elements to endanger national security)の4類型を犯罪として定め、最高刑は終身刑とした。
 同法は香港の企業や外国人、香港外の犯罪にも適用される。中国は外国勢力介入など特定の状況下で管轄権を行使し、中国本土での起訴や裁判も可能である。
 香港警察は2020年7月1日、「香港独立」や大規模デモのスローガンの旗を持っていた男女10人を香港国家安全法違反の容疑で逮捕し、同年8月には、中国共産党に批判的な論調で知られる香港紙・蘋果日報(アップル・デイリー)の創業者や、日本語でのレポートでも知られる民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏を同法違反の容疑で逮捕した。
 不当な嫌疑をかけられる等の特段の事情がない限り、香港で活動をする外国企業やそこで働く人が上記犯罪の類型に該当することは想定しがたいと思われた。しかしながら、米国がここに介入してくることにより、事態は複雑化する。

米国香港自治法の内容

 米国香港自治法(The Hong Kong Autonomy Act、以下「香港自治法」という)は2020年7月14日に署名され、中国に対する香港の自治を規定する様々な国際合意における義務を中国政府が充足しないことについて重大な寄与を行っている外国人に対する制裁を規定している。
 同年10月14日、米国国務省は10名を指定したリストを発表し、そこには香港の行政長官(Chief Executive)の林鄭月娥(Carrie Lam)も含まれていた。香港自治法の下、米国大統領は指定された外国人に、外国人が利害関係を有する資産取引の禁止、ビザの拒否、米国からの退去命令といった制裁を賦課することが出来る。
 香港自治法の下、2020年10月14日に米国国務省に指定された個人は大統領令(Executive Order)13936 により、米国財務省の外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control、以下「OFAC」という)のSDN(Specially Designated Nationals)リストにも指定されている。SDNリストに指定されていることによって、米国人は、これら10人の個人との取引をほぼ全面的に禁止され、当該10名が利害関係を有する資産の凍結が義務づけられる。
 香港自治法5(b)条は、同5(a)条の下「指定された外国人との重大な取引を認識しつつ行った」外国金融機関(Foreign Financial Institutions)(以下「FFI」という。)を指定した報告書を米国国務省が米国議会に提出することを規定している。同5(b)条によって指定された金融機関は、香港自治法に指定されている様々な制裁に服することになる。当該制裁には、以下のようなものが含まれる。

(i)米国金融機関によるFFIへのローン提供の禁止
(ii)米国の管轄に服し、FFIが関与する外国為替取引の禁止
(iii)銀行取引の禁止
(iv)米国の管轄に服する物、ソフトウェア、技術のFFIへの輸出、再輸出、移転の禁止
(v)FFIの株式・負債(equity debt instruments)への米国人による投資の禁止

 香港自治法5(b)条によって、中国の主要な金融機関が指定されるか否かということについて議論がされ、注視されてきた。仮に中国の主要な金融機関が同条によって指定された場合、実務への多大な影響が想定されるからである。同時に、中国の主要金融機関は米国の多くの企業とも重要な関連性を有しており、これを指定することは無理であろうとも考えられていた。米国財務省は、2020年12月11日に報告書を発出したが、当該報告書においては、香港自治法5(b)条の下、金融機関が指定されることはなかった。
 本件報告書で特定の金融機関が指定されなかったことにより、香港でビジネスを行う金融機関はひとまず安堵したところであるが、今後の動向については予断を許さない。

香港国家安全法をめぐる動き

 今回FFIが指定されることはなかったが、仮に指定されていた場合、指定された金融機関と取引をしている企業が、米国香港自治法を理由に取引の停止や解除を申し入れることが香港国家安全法によって犯罪とみなされないか、企業の懸念するところである。香港国家安全法第29条(4)は「香港特別行政区または中華人民共和国に対する制裁、封鎖またはその他の敵対的な行動をすること」を行うために、海外の機関、組織、または職員からの命令、管理、補助金、またはその他の形式の支援をコミットすることを企むことは処罰の対象となると規定するからである。
 この点につき、単に米国制裁の対象となることを理由に取引を停止したという事実のみで、香港特別行政区または中華人民共和国に対する「敵対的な行動」を構成すると考えることには無理があり、その事実のみをもって犯罪行為と捉えられる可能性は低いものと考えられる。
 他方、国家安全法の執行については、上記のとおり暴力行為等の過激な活動をしているわけではない活動家が逮捕される等、その広い裁量の行使に多くの人が脅威を感じていることも事実である。アジアの拠点を香港からシンガポールに移転する企業もあれば、米紙ニューヨーク・タイムズは、香港拠点の人員の3分の1をソウルに移す予定であると報じられている。

米中対立の反映

 香港国家安全法の制定と米国香港自治法の制定により、香港をめぐって米中が対立する構図が鮮明化した。
 米国にとって、香港における報道の自由や表現の自由等の人権侵害を理由として制裁を賦課することは強い合理的な理由があり、また、香港市民の支持も得やすいことから、制裁を賦課することについて道義的な後押しがある。これに対して、中国側からすれば、国内の事情であり、内政干渉であるという批判を向けることになるであろう。
 これまで国家安全保障を理由として、ファーウェイやSMIC等の中国企業に対する輸出規制を賦課してきた米国に対し 、同じ国家安全保障に基づく香港国家安全法を制定した中国は、同じ理由で対抗する法的根拠を備えたことになる。

 加えて、中国は、中国輸出管理法 を新しく制定し、2020年12月1日から施行されている。詳細については、これから規定される下位法に委ねられるであろうが、軍事転用が可能であるようなデュアル・ユース品について、対象品目を指定し、輸出禁止あるいは輸出許可制を要求するという枠組みである。また、米国の輸出規制にも対抗しうる措置をとりうるように準備がされていることが分かる。

 米国は、これまで一国二制度を前提に関税やビザ(査証)発給で香港への優遇措置を講じてきた。中国が一国二制度の前提を崩せば香港への優遇措置の前提がなくなることから、対香港への輸出が、対中国本土への輸出と同様に扱われることになる。実際に、米国商務省は上記香港国家安全法の制定を受けて、2020年6月29日、香港に認めている米国輸出管理法令上の特別待遇を取り消すと発表した。 米国国務省も、同日、香港への米国原産の防衛装備品の輸出を終了するとともに、米国の防衛及びデュアル・ユース技術に関しては、香港には中国と同じ制限をかけていくと発表した。

 具体的な事案において、アジア諸国の輸出入規制を検討する際に、香港はシンガポールと並び関税をはじめとした様々な障壁の低さが魅力であった。中国本土とは明らかに異なる扱いであった。そのような香港の存在意義が失われつつある。
 活気にあふれた香港の景色が変わってしまうという悲観論もあるが、大規模なデモがあった後でも、香港はケロリとした顔で日々の活気を取り戻してゆく。そんな柔軟性のある街に、悲劇の舞台は似合わない。

今後の行方

 2021年1月、米国でバイデン新大統領が就任した。トランプ大統領が強力に推し進めた"America First."は鳴りを潜めるであろうが、米国の対中政策が大きく方向転換するとは予想されない。現在の米中間の緊張感は何らかのかたちで維持されることになるであろう。
 国家間に緊張感があることが、必ずしも当該国家間の衝突を意味するわけではない。むしろ、緊張感があることが衝突を避けるための緩衝材になるように世界は進んでゆくべきであり、それ以外の道は見当たらない。ここ数年で、米中の二極構造が急速に進んだように感じるが、多数国間レジームによる法の支配に常に立ち返る必要がある。
 緊張感漂う中で様々な規制が制定されたのだとすれば、コンプライアンスの観点からは、粛々とそれに対応せざるを得ないであろう。例えば、中国がその市場力を背景に、米国並みの輸出規制措置や制裁措置に踏み切る可能性も否定できない。ただ、そのことによって市場のアクターである企業や個人に委縮効果が生まれることのないよう、法を執行する当局にも、法を遵守する企業にも、そのサポートをする実務家にも、合理的な対応が必要になる。それが二極構造ではなく、多数国間レジームを発展させてきた我々の知恵であり、その素地は依然として存在しているはずだから。

出典

・中国国家安全法
https://www.gld.gov.hk/egazette/pdf/20202444e/cs220202444136.pdf

・米国香港自治法
https://home.treasury.gov/system/files/126/hkaa_hr7440_pl_116-149.pdf

・米国大統領令13936
https://home.treasury.gov/system/files/126/13936.pdf

・Report Pursuant to Section 5(b) of the Hong Kong Autonomy Act
https://home.treasury.gov/system/files/126/hkaa_report_12112020.pdf

・2020年12月30日日経新聞朝刊

・拙稿「分担と統合の狭間で-米国の対ファーウェイ規制強化と半導体業界等に及ぼす影響―」
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1212

・拙稿「米国輸出管理改革法(ECRA)とファーウェイ規制」
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1089

・中国輸出管理法
http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/202010/cf4e0455f6424a38b5aecf8001712c43.shtml

・Statement from U.S. Secretary of Commerce Wilbur Ross on Revocation of Hong Kong Special Status
https://www.commerce.gov/news/press-releases/2020/06/statement-us-secretary-commerce-wilbur-ross-revocation-hong-kong

・Suspension of License Exceptions for Hong Kong
https://www.bis.doc.gov/index.php/documents/pdfs/2568-suspension-of-license-exceptions-for-exports-and-reexports-to-hong-kong/file

末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)(ベーカー&マッケンジー法律事務所)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、法務省司法試験考査委員、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

国際通商法、経済法、商取引法等を中心に実務に携わる。

<主要著作>
『Q&A FTA・EPAハンドブック』(民事法研究会、2013)
『国際投資仲裁ガイドブック』(中央経済社、2015)
『書式 会社非訟の実務』(共著、民事法研究会、2008)等多数

 
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