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プログラム|特別講義 -専門家に聞く-

新しい日常-コロナ以降の世界で-

末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

プロフィール詳細

アカデミック|グローバル|2020年06月18日

はじめに

 東京オリンピックに沸くはずであった2020年に待っていたのは、新型コロナウイルスという未知との遭遇であった。米国のドラマ「24」で細菌兵器によって病院や街がパニックに陥る話が現実化したような光景となった。
 新型コロナウイルス感染の脅威を目の当たりにしつつ、そこから見えてくる世界もあった。

コロナ禍をめぐる法律問題

 コロナ禍をめぐっては、様々な法律問題も関わってくる。
 コロナ禍を理由に契約上の義務を履行しないことが出来るか、ということが不可抗力(Force Majeure)条項の解釈とともに問題となる。
 コロナ禍を理由として労働者を休業させる場合に支払われる賃金についても、使用者の責めに帰すべき休業として平均賃金の100分の60以上を支払わなければならないか(労働基準法第26条)が問題となる。ここでも、使用者が不可抗力を主張するためには、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されている。例えば、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分検討するなど休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合には、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当する場合があり、休業手当の支払いが必要となることがある。
 コロナ禍を契機に、各国政府が様々な制限を設けている場合もある。日本においては、輸出規制が設定されなかったが、医療関連機器等の輸出に制限を設定した国は少なくない。
 反対に、医療関連機器の柔軟な流通のために、従来の規制を緩和した政策が採られている国も多い。我が国においても、例えば、コロナ禍対策のために従業員の健康管理のために医療機器を輸入する場合に、薬監証明が発行される等の措置がとられた。*1 また、新型コロナウイルス感染症対策にかかる輸出入通関については、救援物資の通関の優先扱いや、柔軟な輸出入通関手続き等の措置がとられた。*2

持ちこたえるウイルス対策と経済政策

 新型コロナウイルスが、いわゆるパンデミック(世界的大流行)とWHOに認定されてからの各国政府の対応は様々なものがあったが、これほど全世界的に同時に病原菌に立ち向かった経験は、これまでになかったのではないだろうか。直近の経験として語られるスペイン風邪の時代とは、情報の共有力が異なる。症状や病院の状況などが一瞬にして映像で全世界に共有されることにより、我々は、政府からの情報を待たずに事態の深刻さに気づくことが出来た。また、SARS(重症呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)と比較して、ウイルス細胞の怖ろしさ(特に、重症化した場合の致死までの時間の短さ)から、新型コロナウイルスは別格の扱いとなった。
 コロナ禍対策は、常に、経済政策と同時並行で行われてきた。
 我が国においては、「三密」を避けるというスローガンが掲げられる直前まで、東京オリンピック開催の予定があった。オリンピック委員会が延期の判断をしかねている状況にあって、声を上げたのは、「オリンピックが開催されても参加しない」と表明した、海外のオリンピック選手であった。選手をはじめとする人々の健康がオリンピックを取り巻く政治的・経済的な状況よりも優先されるべきであるという当たり前のことに、選手の勇気ある発信が気づかせてくれた。
 スポンサーの支援するプロスポーツ・リーグのテレビ中継と重ならないようにするために、真夏に開催されるオリンピック、夜に行われる試合、プロ・スポーツ選手の参加等、商業化に歯止めがかからなかったオリンピックが、コロナ禍ひとつで、大幅な見直しを余儀なくされた。大方が予想するように、コロナ禍の影響が数年続くのだとしたら、これを契機に、オリンピックのあり方も、変わっていくことになると予想される。
 そして、事の重大性に気づいた各国政府は、リーマンショックを超えるであろう経済への影響を考慮して、次々と経済政策を打ち出す。金融緩和に加えて、納税の猶予、国民全体への支援給付等である。
 我が国でも、納税猶予措置がとられ*3、日銀は、2020年4月27日の金融政策決定会合で国債購入の上限を撤廃した。日銀による金融機関からの国債買い入れ等で、新型コロナウイルスを受けた企業の資金繰り支援として、金融機関への資金供給を積極化している。
 これを受けて、企業は、積極的に融資の依頼を行うことにより、資金繰りを行っている。自動車メーカーが、政策投資銀行やメガバンクへ、数千億円レベルの融資依頼を行っているという報道も相次いだ。
 さらに、コロナ禍の雇用を守るために、雇用調整助成金の給付も開始された。*4 また、「新型コロナウイルス感染症特別貸付制度」が創設され、金利引き下げ、さらに中小・小規模事業者等に実質的に無利子・無担保の資金繰り支援が行われている。これを受けて、日本政策金融公庫は、個人への融資限度額6、000万円、中小企業への融資限度額を3億円とする新型コロナウイルス感染症特別貸し付けを行っている。*5 また、一人10万円の特別定額給付金*6、家賃支援給付金、学生支援緊急給付金、持続化給付金、ひとり親世帯臨時特別給付金、子育て世帯への臨時特別給付金、自治体別の休業協力金、住居確保給付金、個人向け緊急小口資金等の特例(緊急小口資金)も設定・開始された。*7
 十分な金融緩和策が採られているということを言っているわけではない。ここでお伝えしたいことは、現時点で、納税猶予、資金供給、資金繰り支援、助成金の支給という制度を利用して、「持ちこたえる」試みが出来ることである。
 予定されていた東京オリンピックで聖火ランナーを務めるはずだった、とんかつ屋の店主が自ら店に火をつけて亡くなられるという痛ましい事件があった。バブル崩壊後の不景気の時期にも、痛ましい事件が多発し、破産や民事再生という手続きがあるということを、周知徹底する必要性を感じた。同じように、現在、利用できる資金繰りの支援策、融資があるということを、伝えていく必要がある。

ワクチン開発、意義ある特許の共有

 ワクチンについては、各国、各企業が、開発にしのぎを削っている。米国、中国が先行していると言われている。
 ここで注目したいのは、開発されたワクチンについて特許の共有という提案が、早い段階で行われたことである。2020年10月に世界知的所有権機関(WIPO)の事務局長に就任するダレン・タン氏(現シンガポール特許庁長官)も、新型コロナウイルスのワクチンの早期開発・普及に向け、特許を共有する動きを支持する考えを示した。*8
 HIVの治療薬が開発された際、開発した製薬会社の特許料が高いため、貧困国の貧困層には、治療薬が行き届かないという医療の格差が問題となった。知的財産制度が格差を助長するという皮肉に、制度の存在意義を考えさせられた。
 同じ轍を踏まないためにも、ワクチン共有の議論が先行したことには、意義があると思われる。

露わになったソーシャル・ネットワークの光と影

 緊急措置宣言の間に、ソーシャル・ネットワークは、その存在意義を増した。
 ビデオ会議の利用は大幅に増加し、今後も、社内会議等がビデオ会議に移行していくものと予想される。集まっただけで満足しがちな組織内部の打ち合わせが、より発言内容等のコンテンツへ集中することにより、より研ぎ澄まされた打ち合わせになる可能性を秘めている。経験や専門性、意見もより明確になりやすい。
 そんな中、ソーシャル・ネットワークにおける意見表明に端を発した法令の改正案への意見が、異例の広がりを見せ、遂には、その会期中での法案通過の見送りに至った。物理的に自由を制約された状態でも、人々は意見を表明し、国政に参加できることを示した好例となった。この議論の中で、違和感を覚えたのは、政治的意見を表明する有名人に対する理不尽な批判であった。最も自由であるように見える名前が知られた表現者がいかに表現の自由の制約の中で活動しているかが露わになった。
 ソーシャル・ネットワークにおける誹謗中傷が、人の命に関わる悲劇を生むことも知らされた。他の人は全く知らない「世界」が、テレビやインターネットを通じて形成され、そこでの息苦しさが生まれることも露呈した。今後、ソーシャル・ネットワークにおけるプライバシーが制約される可能性が出てきた。
 便利な交流のツールとして発展したソーシャル・ネットワークが巨大な力を持つことにより、それ自体が表現の自由に対する制約を形成するという皮肉。今後、ソーシャル・ネットワークやプロバイダーに対する、独占禁止法、個人情報保護法を含む様々な法規制についての議論がさらに展開されると考えられる。

より開かれた、公平な結びつきの形成に期待

 コロナ禍の緊急事態や外出規制が行われているさなかにあっても、米中の摩擦はさらに高まった。米国は、ファーウェイをターゲットとする半導体等の先端技術の買収規制等を強化し*9、中国は、米国産の農産品の輸入停止に踏み切ろうとしている。*10
 中国国内においては、香港における治安維持のための「国家安全法」の導入により一国二制度が崩壊しかけている。
 米国内においては、警察官の暴行によって死亡した黒人男性に端を発したデモにより、警察が動員される騒ぎとなり、一部の都市に外出禁止令が発令されている。公民権運動を想起させる運動のうねりは、時代の逆行という思わぬかたちでの分断を生ぜしめている。
 また、気になるのは、電子メールやインターネットを通じての情報伝達の輪から、完全に外れてしまっている人の存在である。反対に、ネットの中だけで生きているような人も存在しているだろう。
 しかし、そのような中にあっても、新しい結びつきは生まれている。従来の枠組みやしがらみを取り外したところでの表現活動やネットワークが生まれている。ネット配信のリモートの演劇やコンサート、ドラマ番組など、従来の枠組みの中では、日の目を見たか分からない表現形態が現れるに至った。それは、表現の伝え手の層を厚くし、間口を広くする。既得権益に囚われない活動を後押しする可能性を秘める。
 反面、仮面や虚飾が剥がされていく可能性も否定できない。看板や幟が取り払われたところでの、真剣勝負が始まる。
 そのような淘汰の過程には痛みも伴うが、より開かれたより公平で平和な結びつきが形成されていくものと期待したい。

現実と仮想を行き来しながら生きていく

 「ZOOM飲み」と表現されるように、リモートに繋がる飲み会も、多く行われるようになった。物理的な距離はあったとしても、いつでも誰とでも、「会って」話が出来る便利さが現実的なものになった。
 反面、ちょっとした立ち話や打ち合わせまでもが、招待メールによって設定されるビデオ会議や電話会議で行われることになっていくであろう。大学での講義も、海外の大学では既に開始されているビデオによるリモート講義が取り入れられるようになった。
 長年解消されることのなかった都心の満員電車も、コロナ禍一つで消失した。満員電車に乗って同じ時刻に通勤しなければという習慣から人々は漸く解放されつつある。
 そして、人々は、現実とバーチャル(仮想)の世界を行き来しながら生きていくことになる。そのことによって多くの気づきがもたらされ、これまでなあなあで見過ごしできたものが見過ごされなくなってくる場面も生じてくるであろう。上で述べた法令の改正案もその一つである。
 例えば、我々の税金がどのように使われているか。普段は気にもしない自治体の財務諸表で確認をすれば、その使い途が明確なのか不明確なのか、記録の有無、ひいては是非まで判断できるようになる。
 画面を通して話をすれば、誰が参加したか、どのような発言をしたか、表情まで記録される。逃げも隠れも出来ないところでの、真剣勝負がここでも始まる。

 新しい日常を生きることになる我々が、それでも前を向くことが出来るのは、これまで積み重ねてきた人間の叡智や経験から、真・善・美・公正・公平といった常識の持続性・継続性に恃むという人間に対する信頼が根底にあるからだろうと思う。
 ウイルスに立ち向かって治療をしてくださる医療者に対する敬意、コロナ禍にあっても決して途切れることのないライフ・ラインの業務に従事する方々への敬意、それらがあれば、消えてしまった仕事を嘆くことなく、新しい場面への人々の移動が始まる。

出典

・*1 厚生労働省医薬・生活衛生局監 視 指 導 ・ 麻 薬 対 策 課「新型コロナウイルス感染症の発生に伴う薬監証明の取扱いについて」
https://www.mhlw.go.jp/content/000604855.pdf

・*2 財務省関税局「新型コロナウイルス感染症対策に係る輸出入通関手続等について」

・*3 国税局「新型コロナウイルス感染症の影響により納税が困難な方へ」
https://www.nta.go.jp/taxes/nozei/nofu_konnan.htm

・*4 厚生労働省「雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html

・*5 日本政策金融公庫「新型コロナウイルス感染症特別貸付」
https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/covid_19_t.html

・*6 総務省「特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)」
https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/gyoumukanri_sonota/covid-19/kyufukin.html

・*7 内閣府「新型コロナウイルス感染症に伴う各種支援のご案内」
https://corona.go.jp/action/

・*8 2020年5月24日付日本経済新聞

・*9 DEPARTMENT OF COMMERCE、Bureau of Industry and Security、15 CFR Parts 730, 732, 736, and 744 [Docket No. 200514–0100] RIN 0694–AH99 Export Administration Regulations: Amendments to General Prohibition Three (Foreign-Produced Direct Product Rule) and the Entity List、
https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2020-05-19/pdf/2020-10856.pdf

・*10 ロイター
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/1-153.php

関連ページ

・外為法改正の出資規制
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1144

・テレワーク時代に求められるスキルとは?
テレワーク時代に求められるスキルとは?

・コロナで様変わり、ジャカルタの断食模様
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/overseas_detail/id=1186

・インドビザ最新情報の確認方法~コロナウイルス拡大で水際対策強化
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1155

・【世界の統計局】
https://gmc.nikkei-r.co.jp/stat/

末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

国際通商法、経済法、商取引法等を中心に実務に携わる。

<主要著作>
『Q&A FTA・EPAハンドブック』(民事法研究会、2013)
『国際投資仲裁ガイドブック』(中央経済社、2015)
『書式 会社非訟の実務』(共著、民事法研究会、2008)等多数

 
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