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インドネシアの首都移転は本気か?

川村 晃一

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アカデミック|アジア・オセアニア|インドネシア|2020年03月24日

 インドネシアの首都移転計画とはどんなものか。なぜ首都移転をしようとしているのか。今回はインドネシア政府の動きとともに首都移転計画の内容を紹介する。

 1月18日の日経新聞朝刊に「孫氏、インドネシアで審議会委員」という小さな記事が載った。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が委員に就任した審議会とは、2024年から予定している首都移転についてインドネシア政府にアドバイスをするためのものである。
 この審議会には、孫会長以外に、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ首長国ムハンマド皇太子、イギリスのトニー・ブレア元首相が委員就任を打診されている。この審議会設置だけでなく、新首都開発庁を設置してその長官を閣僚級の扱いとすること、政府ファンドを設立することもあわせて決定されている。政府ファンドには、UAE政府、国際開発金融公社(IDFC)、そしてソフトバンクグループが参加する予定である。
 2019年8月にジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領が発表した首都移転計画は、日本でも大きな話題となったが、その妥当性や実現可能性をいぶかる声はいまだに多い。しかし、少なくともジョコウィ大統領は本気であり、2019年10月に発足したジョコウィ大統領の第2期政権は2024年の首都移転開始に向けて動き始めている。

ジャカルタからカリマンタンへ、移転費用をどう確保するか

 首都の移転先はカリマンタン(ボルネオ)島の東部、東カリマンタン州の北プナジャム・パスル県とクタイ・カルタヌガラ県にまたがる地域である。オランダ植民地時代から石油精製所が設置されるなど石油積出港にもなっているバリクパパン市(人口約70万)と、島内最大都市で州都でもあるサマリンダ市(人口約80万)にちょうどはさまれた地域だ。
 ここに広さ約4.2万ヘクタールの土地を確保し、大統領官邸や中央省庁、国会、裁判所、国軍・警察の施設、中央銀行や金融機関、各国大使館、情報・通信機関、高等教育機関、研究機関などの機能を移転させることになっている。まず、ジョコウィ大統領の任期最終年となる2024年に、行政・立法・司法の公務員18万人と国軍・警察2万5000人のあわせて20万5000人が移住する。

 それ以降、徐々に関係機関の建設と移転が進められ、建国100年となる2045年までに首都をジャカルタから完全移転する計画である。そのため、将来的な拡張を見込んで約18万ヘクタールの土地が用意されることになっている。これらの土地のうち50%以上は緑地帯となる計画で、新首都は「森林都市(forest city)」というコンセプトにもとづいて設計される。また、単に「グリーンな」だけでなく、「スマートで、ビューティフルで、かつサステイナブルな首都」という目標が掲げられているように、IT技術を活用しながら環境に優しい都市を作っていくことが目指されている。

 気になるのは、首都移転にともなう資金である。国家開発企画庁(Bappenas)の試算では、移転総額は466兆ルピア(約3.5兆円)と見積もられている。ただし、国家予算からの支出は74.4兆ルピア(19.2%)に抑えられ、基礎インフラや大統領官邸、国軍・警察の施設、公務員宿舎および土地買収にあてられる。
 移転費用の約半分にあたる265.2兆ルピア(54.6%)は、官民連携のプロジェクトとして実行される部分で、政府庁舎や国会議事堂、裁判所、教育・保健施設の建設などにあてられる。残りの127.3兆ルピア(約26.2%)は民間のプロジェクトで、一般住宅や商業施設、宿泊施設、科学技術パークの建設、交通インフラの改修・高規格化を進めるとされている。

 首都移転とともに不要となるジャカルタの国有地や施設は売却、もしくは民間に賃貸される予定である。それによって国家予算の負担自体も軽くできると政府はみていて、新首都移転のための予算確保によって福祉予算などが削減され、国民生活に影響が出るようなことはないと主張している。

なぜ移転が必要なのか、なぜカリマンタンなのか

東カリマンタン州クタイ・カルタヌガラ県の様子

東カリマンタン州クタイ・カルタヌガラ県の様子

 ジョコウィ大統領が挙げる移転の第1の目的は、経済格差の縮小である。インドネシアは約1万7000の島々から構成されている群島国家であるが、国土の6%を占めるにすぎないジャワ島に人口も富も集中している。インドネシアの総人口2億6400万人(2018年)のうち、56.6%がジャワ島に住んでいる。製造業の大部分もジャワ島が活動の中心地で、国内総生産(GDP)の58.5%が生み出されている。
 これに対して、ジャワ島以外の地域では、産業は一次産品や鉱物資源に依存している。鉱物資源からの収入は大きいが、他の産業や雇用への波及効果が製造業ほどはないため、地域経済を底上げする力は弱い。また、農業以外に目立った産業がほとんどない地域も多い。ジョコウィ大統領は首都移転を契機に、この地域間経済格差を縮小しようとしている。

渋滞の激しいジャカルタ中心部

渋滞の激しいジャカルタ中心部

 人口、政治・経済の集中するジャワ島の中でも、特に集中の度合いが高いのが首都ジャカルタである。ジャカルタの州人口は約1000万人、周辺の8県・市自治体をあわせた広域首都圏「ジャボデタベック」では人口が3278万人にのぼる。しかし、人口の増加にインフラ整備のスピードが追いつかず、交通渋滞は世界最悪レベルと言われる。大気汚染も深刻化し、下水道の未整備による水質汚染も悪化の一途である。また、ジャカルタは海に面した低地にあるうえ、地下水のくみ上げによる地盤沈下や、環境変動による海面の上昇、豪雨災害の甚大化などが重なって、洪水被害も拡大する傾向にある。このようにジャカルタの都市機能が麻痺しつつあることが、ジョコウィ大統領が首都を移転しようと考えた第2の目的である。

 ただ、ジャカルタから首都を移転しなければならないとして、なぜジョコウィ大統領は東カリマンタンを選んだのだろうか。効率性や経済性という観点からは、ジャワ島内に首都機能を移転させるのが最も妥当だったはずである。

 ところが、ジョコウィ大統領は、ジャカルタから空路で2時間かかる東カリマンタンへの移転をあえて選んだ。その理由は、ジョコウィ大統領がもうひとつの首都移転の目的と語る、「首都をインドネシアの地理的中心に移す」ことにある。赤道直下の東西5100キロにまたがるインドネシアのなかで、政治・経済の機能はジャワ島とその西隣にあるスマトラ島に偏っている。そのため、「ジャワがインドネシアの中心だ」という意識がジャワ島に住む人々には根強い。ジョコウィ大統領は、首都を東西に広がるインドネシアのちょうど真ん中に移すことで、人々の意識を「ジャワ中心主義」から「インドネシア中心主義」へと転換させようとしている。

移転実現のカギは国民の支持

 発展途上国で首都移転を検討したり、実行したりするケースは珍しいことではない。また、首都移転の目的として、地域間格差の緩和や首都の機能不全、地理的な中心地への移転による国民の統合などが挙げられることも多い。
 しかし、それらの目的は必ずしも達成されるとは限らない。首都移転が地域経済の成長を引き上げた事例はむしろ少ない。新しく建設された首都の中に経済格差が持ち込まれることもある。環境に優しい都市を目指すといっても、広大な土地の大規模な開発が生態系や生物多様性に与える影響は決して小さくない。首都の移転が国民統合に果たす機能も不明である。

 ただし、国民はいまのところこの首都移転計画をおおむね支持しているようである。東カリマンタン州への首都移転が正式に発表された直後に有力紙コンパス(2019年9月2日付)で発表された世論調査では、「ジャカルタから東カリマンタンへの首都移転に賛成しますか」という質問に対して、賛成が63%、反対が27%、不明・未回答が10%という結果が示された。
 資金が確保できるのか、インフラ建設は本当に間に合うのか、首都移転がインドネシアのためになるのかなど首都移転の実現可能性や妥当性には最後まで疑問が投げかけられるであろう。しかし、この壮大な夢を現実のものにできるかどうかは、国民がこの計画を支持し続けるかにかかっているように思われる。

関連ページ

・ジョコウィ第2期政権始動へ~インドネシアはどこに向かうのか
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・ジョコウィ氏再選へ~インドネシア大統領選分析
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川村 晃一

日本貿易振興機構アジア経済研究所 学術情報センター 主査
主な著書に、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の登場-』(編著、アジア経済研究所、2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著、アジア経済研究所、2012年)など。

 
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