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機能不全のWTO紛争解決機関、改革が急務に

末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

プロフィール詳細

アカデミック|グローバル|2020年01月27日

はじめに

 戦後のブレトンウッズ体制の下で設立されたガット(関税及び貿易に関する一般協定=General Agreement on Tariffs and Trade=GATT)の進化系であるWTO(世界貿易機関)には、GATTの紛争解決機関にはなかった二審制の紛争解決機関が設けられた。一審がパネルで、上訴された案件を扱うのが上級委員会(Appellate Body)である。その上級委員会が機能しなくなる事態に陥った。この事態を前に、我々は何をなすべきか。現状を踏まえた上で、今後の方向性を探る。

米国の上級委員再任反対で機能停止

 WTOの紛争解決機関のうち、パネル段階ではパネリストが案件ごとに選任されるのに対して、上級委員会は常設の機関であり、上級委員7名がそれぞれ4年の任期をもって選任され任務に就いている(WTO紛争解決了解(DSU)第17条1項2項)。
 ところが、ここ数年、上級委員が再任されず、また後任が補充されないままに退任する事態が続いている。つい先ごろまで、その人数は3名であった。3名は上級委員会の審議に必要とされる人数であるため(DSU第17条1項)、3名が在任のうちは、上級委員会は機能していた。しかしながら、残っていた3名のうち2名の任期が2019年12月10日に満了となり、上級委員会はその機能を事実上停止せざるを得ない状況となった。
 このような事態に陥ったのは、米国が上級委員の再任に反対してきたからである。上級委員会の選任や再任には、加盟国の全会一致が必要であるため*1、米国の反対によって上級委員の欠員状況が続き、遂には1人となってしまった。
 米国が上級委員の選任・再任に反対した理由としては、(i) 上訴案件の審理期間の長期化(上級委員会の審理期間は最長90日である(紛争解決了解(DSU)17条の5)にもかかわらず、これまでの平均審理日数は118日であり、特に2011年以降は180日と長期に及ぶ傾向にある)(ii) 任期終了後も終了時に係属していた案件については、引き続き当該上級委員が審議に加わることにより実質上任期が延長される問題(iii) 上級委員によっては積極的にWTO協定を解釈し、上級委員会が立法的機能を果たしていることへの批判――などがある。
 上記の上級委員会への批判は、いずれも一理ある。しかしそれでも、上級委員会ひいてはWTOの紛争解決機関は維持する必要があると考える。そのためには、WTO紛争解決機関の改革が必要なことを現状の機能停止は示している。

長期的視野に基づくWTO改革案―Walkerプロセス

 WTOの上級委員会が機能停止に陥るのを、加盟国も手をこまねいてただ見守っていたわけではない。上級委員会の機能停止に際しては、長期的視野に立った改革の議論と、応急措置としてのいわゆる「プランB」が並行して検討されてきた。

 (1)Walker プロセス
 前者については、ニュージーランドのDr. David WalkerのイニシアティブによるWTO上級委員会改革の議論がWTO一般理事会(General Council)において展開されてきた。このいわゆるWalkerプロセスについては、これまで3回のレポートが発出されている(JOB/GC/215*2, JOB/GC/217*3, JOB/GC/220*4)。
 また、会合については、2回の公式会合、4回の非公式会合(2019年1月17日、2月18日、4月9日、7月18日)、9回の小グループ非公式会合(2019年2月6日、2月14日、3月21日、3月28日、4月16日、4月23日、5月1日、7月15日)が開催された。12の提案が提出され、非公式会合で検討、議論された。

 (2)Walkerプロセスでの議論の内容
 Walker プロセスでの議論の概要は、以下のとおりである。
 
 (i) 退任する上級委員についての暫定ルール
 上級委員に欠員が生じた場合には、紛争解決機関(DSB)議長は、欠員を埋めるための選任手続きを直ちに進めなければならない。
 上級委員は任期中に行われた口頭聴聞に参加した上級委員会手続きを完了することができる。
 
 (ii) 90日
 DSU 17.5条に基づき、上級委員会は上訴の通知の日から90日以内に上級委員会報告書を発出しなければならない。
 複雑な案件、もしくは多数の上訴がある期間である場合には、当事国の合意により延長可。当事国の合意はDSBとDSB議長に通知される。

 (iii) Municipal Law (国内法)
 「国内法の意味」("meaning of municipal law")は事実の問題であり、上訴の理由にはならない(米国が2018年8月27日のDSB会合で指摘。上訴の理由は法律問題に限定されるのが前提)。
 DSUは、上級委員会が紛争の事実について"de novo" review (再審査)をすることや、"complete the analysis"(分析を完成すること)は認めていない。
 DSU17.6条に従い、DSU11条下の事実条の"de novo review"(再審査)において、上級委員会手続きに関わる加盟国は、上訴で退けられた事実認定を試みるような論点を広げる不必要な議論を進めることは差し控えなければならない。

 (iv) Advisory Opinion(勧告的意見について)
 当事国によって提起されていない問題は、上級委員会によって制定・決定されてはならない。
 DSU 3.4条、17.6条に従い、紛争を解決するのに必要な範囲で当事国が提起した問題を検討しなければならない。

 (v) Precedent(先例)
 WTO紛争解決手続きを通して"precedent"(先例)は生み出されない。
 WTO協定における権利義務の解釈における一貫性と予見可能性は加盟国にとって重要な意義を有する。
 パネルと上級委員会は、従前のパネル/上級委報告書を係属している紛争に関連すると認められる限度で考慮することができる。

 (vi) Overreach(度を超さない)
 DSU 3.2条、19.2条に規定されているとおり、パネルと上級委の認定と勧告及びDSBの勧告と裁定はWTO協定に規定される加盟国の権利・義務を増減するものではない。
 パネルと上級委はアンチ・ダンピング協定の規定を同協定17.6(ii)に整合するかたちで解釈する。

 (vii) DSBと上級委員会の間の定期的な対話
 DSBは上級委と協議の上、加盟国と上級委の定期的な対話のシステムを構築する。そこでは、加盟国は特定の報告書の採択とは関連しないかたちで問題についての見解を述べることができる。
 当該システムは非公式で、最低年1回、DSB議長が開催する。
 上級委員会の独立性と不偏性を確保するために、係属する案件もしくは上級委員についての議論は禁止するルールを規定する。

 (3) Walker プロセスを概観して
 上記のとおりWalkerプロセスを見通すと、上級委員会についての議論の中で提起された問題にストレートに取り組み、提案が行われているといえる。現状における問題点を踏まえ、これを解決しようとする試みが見られる(precedent, overreach等において)。
 他方、現行制度の改善になっているか疑問のある点もある(退任上級委員についてのルール、90日等)。
 上級委員会が機能を停止しているという事態の緊迫性から遠いようにも感じられるが、いかなる暫定的対応も、結局は現行システムに反対する米国の賛同なしには進まないため、上級委員会を含むWTOの紛争解決制度そのものの改善なしには停滞の解消は望めない。その意味で、Walkerプロセスは、意義のある取り組みであると考えられる。

プランB-EU・カナダ合同提案

 (1) EU・カナダ合同提案の内容
 EUとカナダはニュージーランド大使のDavid Walkerの非公式なプロセスを支持・評価しつつ、当該プロセスがうまくいかず、WTO上の権利を維持できなくなる場合に備えて、"interim Appeal Arbitration Pursuant to Article 25 of the DSU" (以下「DSU25仲裁合意」という)に合意しDSBに通報した。*5
 DSU25仲裁合意は、EUとカナダの間では上級委員会に代替するものとしてDSU25条の仲裁を用いようとするものであり、現行のWTOの規定に基づくものである。
 DSU25仲裁合意は上級委員会が上訴を受けることができなくなったときから、その機能が回復するまでの間、EUとカナダの間で適用される。
 DSU25仲裁合意は、その手続きについてパネルとの関係も含めて規定し、DSU25条仲裁を上級委員会に代替するものとして活用することを試みるものである。
 なお、EUは同様の手続の導入について、2019年10月にノルウェーとも合意した。*6

 (2) DSU 25仲裁合意の利点・評価できる点
 上記DSU25仲裁合意は以下の点において評価できるのではないかと考えられる。
 ・既存のDSUの規定、上級委員会の検討手続(Working Procedure)を最大限活用することにより、WTOの枠組み内でのシステムの構築を目指している。
 ・当事国の合意というかたちをとることにより、その正当性が担保されている。
 ・全会一致が困難な状況において、一部加盟国の合意による解決策として評価できるのではないか。
 ・DSU25.4条によって、DSU21条(勧告及び裁定の実施の監視)及びDSU22条(代償及び譲許の停止)が仲裁判断に準用されることにより、仲裁判断の実効性が認められる。
 ・WTOの紛争解決制度そのものが従前のステレオ・タイプのものに拘束されなくなる可能性も見出しうる。
 ・ひいては、WTO紛争解決制度の進化型になる可能性も否定はできない。
 ・上級委員会事務局のサポート等を得ること等により、WTOの人的・物的資源の有効な活用が期待できる(但し、この点については後述のように問題も指摘されている)。

 (3) DSU 25 仲裁合意の問題・課題点
 他方、DSU 25仲裁合意には、以下のような問題点・課題点が考えられる。
 ・DSU25仲裁合意では、元上級委員から仲裁人を選任するシステムが合意されているが、実質的な違いとして、上級委委員が、元の上級委員から選任されるという点が異なるだけで、現行の上級委員会システムの維持に過ぎないのではないかとも考えられる。
 ・元上級委員がInterim Appeal仲裁の仲裁人に選任されることが、現行の上級委員の選任制度の潜脱になる可能性がある。
 ・EU・カナダ間の合意とはいえ、関係国数の多さからすると、事実上WTO協定の一部当事国による修正にならないか懸念される。
 ・仲裁合意によって発出された仲裁決定は、パネル報告書の完成になるのか、上級委報告書の代替手段になるのか、そのいずれでもない仲裁決定になるのか、必ずしも明らかではない。
 ・DSU 25仲裁合意が機能し始めたら、上級委のシステムそのものがより機能しなくなるのではないかと懸念される。
 ・DSU 25仲裁合意のような合意がその他の当事国間で合意された場合の合意相互簡の関係性はいかに考えられるか。DSU 25仲裁合意は他の上訴仲裁合意の存在を認めるが、手続きが複雑化する恐れがある。
 ・EUもしくはカナダは、他の当事国との間で、別の仲裁合意を締結することは可能か。可能な場合、様々な仲裁合意が濫立する可能性がある。
 ・DSU第25条仲裁の実績の乏しさから*7、運用に時間がかかる等の問題が生じる可能性が否定できない。
 ・他の加盟国からは、何を根拠にEUとカナダは、WTO上級委員会の人的・物的資源を利用できるのかという問題点が指摘されている。

その他の対応策

 WTOの上級委員会の機能停止への応急措置は、他にも種々論じられており、その中でも以下のようなものがある。

 (1) DSU 25条仲裁でWTO紛争解決制度全体を代替するという案
 DSU第25条の仲裁で上級委員会のみならず、WTOの紛争解決制度全体を代替する案もある。
 この案については、WTO当事国間の合意が必要であり、あらかじめ当事国間で合意できればいいが、それには困難が伴うと考えられる。そのためには現在、上級委員会の機能について問題となっている点を改善することによって加盟国間の合意をとりつける必要があると考えられる。
 また、DSU第25条仲裁の実績の乏しさから、WTO紛争解決手続きを代替することに対する懸念も考えられる。
 しかしながら、WTO紛争解決制度の自己防衛としての窮余の策として、現行の制度を活用しようとする点は評価できるのではないかと考えられる。

 (2) DSU第25条仲裁で上級委員会のみを代替するという制度
 DSU第25条仲裁で、上級委員会のみを代替するという見解も唱えられている。前述のEU・カナダ合同提案もこれに該当する。
 この案については、パネル手続きとDSU第25条仲裁手続きをどう結び付けるのかという課題が残る。この点、EU・カナダ合同提案は、細かな手続き規定によってその調整を図るものであるが、前述のとおり、仲裁決定の性格等不明な点は残る。また、異なる制度を結び付けた場合の複雑さが当事国を混乱させることにならないかも懸念される。
 他方、この案の場合、パネルに係属している案件はそのまま手続きが進行することになるので、現時点で係属中の案件を救う可能性は高くなるのではないかと考えられる。

 (3) 上訴しないことについての合意という提案
 そして、最も現実的な代替案が、当事国間で上訴しないという合意を行うことである。実際に、上訴しない合意をした案件も出現している。(Indonesia - Safeguard on Certain  Iron or Steel Products (WTO/DS496/14))*8
 この試みは、WTO加盟国がWTO紛争解決制度を維持しようとする試みとして評価でき、また、現行制度を活用するものであり、最もシンプルなかたちでの応急措置であるといえる。
 他方、WTOが発展させた二審制の放棄が可能か、という根本的な問題は残る。また、上級委の機能が欠けたままの状態で、パネル報告書の統一性がいかにして図られるか、という課題もある。

危機を乗り越えて

 2019年末のWTO上級委員会の機能停止というWTO紛争解決制度の危機は、間違いなく2020年へ繰り越される課題となった。
 係属している案件の多さから、この機能が停止したままになるのは好ましくはない。また、他の地域協定や投資協定の紛争解決手続きによってWTO紛争解決制度を補完できたとしても、完全に代替されるものではないことを考えると、その機能の早期回復が望まれる。WTO紛争解決制度は我々全ての資産であるのだから。

*1 上級委員の選考プロセスは、全加盟国から成る紛争解決機関のコンセンサスにより決定される
*2 docs.wto.org/dol2fe/Pages/FE.../q/Jobs/GC/215.pdf
*3 https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/FE_Search/FE_S_S009-DP.aspx?language=E&CatalogueIdList=257689,255861,253985,253661,253388,251873&CurrentCatalogueIdIndex=2&FullTextHash=371857150&HasEnglishRecord=True&HasFrenchRecord=True&HasSpanishRecord=True
*4 file:///C:/Users/TOKSJ2/Downloads/220.pdf
*5 "Joint Statement by the European Union and Canada on an Interim Appeal Arbitration Arrangement", 25 July, 2019.
*6 EU/ノルウェー DSU 25条合意:JOB/DSB/1/Add.11/Suppl.1, Oct.21, 2019.
*7 WTOの歴史の中で、DSU第25条仲裁が使われたのは1回だけであり米国の著作権法第110条9(5)が問題となったケース(DS160)において、EUは、実現可能性があった収入をすべて損害の基礎として計算してよいか、等という限定された特定の問題について審議が行われた
*8 Indonesia - Safeguard on Certain Iron or Steel Products (WTO/DS496/14)

出典

・Walkerプロセス:WTO,JOB/GC/220,JOB/GC/215,JOB/GC/217

・末冨純子「二国間又は地域的な協定における紛争解決制度のWTO紛争解決制度への補完的機能と紛争解決制度の変革-再生可能エネルギーなどの環境関連案件を題材にー」,『フィナンシャル・レビュー』第140号,特集『現代国際社会における自由貿易に関する条約体制の諸相』,財務総合政策研究所,2019年11月

・William Alan Reinsch, Jack Caporal, Article 25: An Effective Way to Avert the WTO Crisis?, the Center for Strategic and International Studies, January 24, 2019

・Bashar H. Malkawi, Can Article 25 Arbitration Serve as a Temporary Alternative to WTO Dispute Settlement Process?, January 5, 2019

・Robert McDougall, Impasse in the WTO Dispute Settlement Body: Consequences and Responses, European Centre for International Political Economy, No. 11/2018   等

関連ページ

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末冨 純子

弁護士(日本国・米国ニューヨーク州)、 早稲田大学法学部非常勤講師、日本国際経済法学会所属、東京弁護士会人権擁護委員会委員長、財務省関税・外国為替等審議会専門委員

国際通商法、経済法、商取引法等を中心に実務に携わる。

<主要著作>
『Q&A FTA・EPAハンドブック』(民事法研究会、2013)
『国際投資仲裁ガイドブック』(中央経済社、2015)
『書式 会社非訟の実務』(共著、民事法研究会、2008)等多数

 
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