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ジョコウィ第2期政権始動へ~インドネシアはどこに向かうのか

川村 晃一

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アカデミック|アジア・オセアニア|インドネシア|2019年07月23日

再選も、得票率の上積みわずか

 4月17日に投票が行われたインドネシアの大統領選挙の公式結果が、5月20日深夜に選管から発表された。結果は、現職大統領のジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)氏が対抗馬のプラボウォ・スビアント氏に1600万票以上の差をつけ再選された、というものだった(表参照)。投票日直後に複数の民間世論調査機関が発表していた開票速報とほぼ同じ結果で、得票率では11ポイントの差がついた。しかし、5年前の同じ顔合わせだった大統領選と比べると、ジョコウィ氏はわずか2.4ポイントの得票率の上積みしかできなかった。任期後半には「政権運営に満足している」と答える国民が70%前後を維持し、選挙戦中も支持率で常に20ポイント以上の差をつけてリードしていたジョコウィ陣営にとっては、決して満足のいく結果ではなかった(選挙結果の分析については、前回の拙稿「ジョコウィ氏再選へ~インドネシア大統領選分析」を参照)。

選挙結果をめぐり暴動に

 しかも、プラボウォ陣営は「投開票のプロセスで、組織的、システム的、かつ大規模な違反があった」として選挙結果を受け入れないことを表明し、ジャカルタ中心部でデモを組織した。5月21日午後2時頃から始まったデモは、最初のうちは平和的に行われていた。しかし、断食明けの祈祷が終わり多くのデモ参加者が解散しかけたとき、別のグループが突然現れて、石や火炎瓶を投げるなど激しく治安部隊と衝突する事態に至った。その後も、21日深夜から翌22日昼頃にかけてジャカルタの複数の場所で暴動や治安部隊との衝突が発生し、9人が死亡した。
 治安当局は、選挙結果の公式発表にあわせて混乱を引き起こそうとしている動きを強く警戒していた。デモをターゲットとしたイスラム過激派によるテロが計画されているという情報がもたらされたことから、警察の対テロ部隊は取り締まりを強化して、5月20日までに約30人のテロ容疑者を逮捕した。
 また、政府高官の暗殺を企てたとして、スナルコ元陸軍特殊部隊司令官やキフラン・ゼン元陸軍戦略予備軍司令官、ソフヤン・ヤコブ元警視総監ら、かつてプラボウォと関係の深かった軍将校・警察高官ら8人が逮捕されるなど容疑者に指定されている。暴動に関与したとして逮捕された人数は452人にのぼった。政府当局は、混乱に乗じて騒乱を引き起こし、政権の転覆を謀ろうとしていたとしてプラボウォ陣営の責任を追及する構えである。

民主主義に対する挑戦

 暴動の背後には誰がいたのか、プラボウォ氏自身はどの程度関与していたのかなど不明な点は多く残っているが、その後治安当局が厳しい警備体制を敷いたこともあり、ジャカルタ市内は落ち着きを取り戻している。しかし、今回の暴動がインドネシアの民主主義に残した傷痕は大きい。
 インドネシアで国民による大統領直接選挙が実施されるようになったのは2004年からのことである。これまでも、負けた候補者が選挙結果に不満を表明するのは毎度のことであった。ただし、それはあくまでも法律に規定された手続きに則ってのことであり、民主主義の制度を敗者も尊重していた。投票結果や選挙手続きに対する異議申し立ては憲法裁判所で審議され、その判決を敗者も受け入れてきた。
 しかし、今回のプラボウォ陣営は、当初から民主主義の制度に対する不信感を隠さなかった。投票前から大規模な不正が行われていると選挙の正統性を完全に否定し、総選挙委員会(中央選管)も司法も中立的ではないと決めつけた。そのうえで「ピープル・パワー」、つまり大衆動員によって選挙結果をひっくり返すと表明していた。ここまであからさまに民主主義の制度に対する挑戦がなされたことは、1998年にインドネシアで民主化が実現されて以降なかった。
 これに対するジョコウィ政権の対応にも問題がないわけではない。暴動を鎮圧する過程で治安当局による暴行があったことが報告されているうえ、犠牲者の死因の解明もなされていない。暴動や政権転覆の容疑での逮捕拘留に正当性があるのかどうかも注視する必要がある。政府はヘイトやフェイクニュースが拡散されるのを防止するためとして暴動直後から4日間にわたりソーシャルメディアへのアクセスを制限したが、それは治安維持の名の下に言論や報道の自由を制限することにつながりかねない危うい手段だった。
 その後プラボウォ陣営は、憲法裁判所に選挙結果に対する異議申し立てを行い、司法の場で逆転勝利を勝ち取ることに方針を転換した。しかし、民主主義の制度や手続きの正統性を否定したプラボウォ陣営の言動が、民主政に対する信頼度を低下させ、民主主義の手続きを無視しても構わないという認識を国民の一部に与えてしまった影響は小さくない。

連立政権の統制、デジタル産業育成、貧困対策…山積する課題

 大統領選と同じ日に投票が行われた国会議員選挙では、ジョコウィ氏が所属する闘争民主党(PDIP)が第1党の立場を維持するなど、連立与党5政党で国会の約6割の議席をおさえることができた(図参照)。さらに、プラボウォ擁立に加わっていた野党の中には閣僚ポストと引き換えに政権に協力する意向を表明しているところもある。2期目ジョコウィ政権の政治基盤はいまのところ安定している。ただし、多党連立政権をどう統制していくか、最終任期となるジョコウィ氏がいかにレームダック化を防ぐか、という課題は残されている。
 そのうえでジョコウィ大統領が取り組まなければならない政策課題は、資源輸出に依存しない、持続可能で公平な経済成長をどう実現するかである。1期目のジョコウィ政権は、均衡ある国土開発を掲げて地方でのインフラ整備を推し進めてきた。各地で高速道路や港湾、空港などの新規建設が進められ、一定の成果をあげた。2019年3月には日本の協力の下、同国初の地下区間を持つ大量高速鉄道(MRT)もジャカルタで走り始めた。
 第2期政権でも引き続きインフラ開発は進められるが、ジョコウィ大統領が次に強調しているのが、インドネシアにおける「インダストリー4.0」(第4次産業革命)の推進である。デジタル産業では、少ない資本でもアイデアと行動力があれば、先進国の企業に負けないサービスや商品を提供できる。実際に、インドネシアにはすでに4社のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の非上場企業)があるが、いずれもテック系スタートアップである。この流れをさらに加速させるため、ジョコウィ大統領は人材の育成を重点的に進める方針である。
 まず、労働者層の底上げを図るため、保険、教育、貧困削減など社会政策を重視していく。第1期ジョコウィ政権でも貧困対策は重要施策のひとつだったが、国民皆保険制度の完成、高校まで12年の義務教育無償化、低所得層の大学教育無償化などの施策を拡大していく。また、職業教育を再活性化する。さらに、研究開発や高等教育機関、社会文化分野向けの予算を増額する。政府部門もデジタル化と若手人材の積極的な登用を目指す。
 インドネシアは建国100年にあたる2045年には国内総生産(GDP)の規模で日本を追い抜き、世界の5大経済大国のひとつに入ることを目標に掲げている。その目標の実現に向けた第一歩を踏み出せるか。それが2期目のジョコウィ政権に課せられた課題である。

関連ページ

・ジョコウィ氏再選へ~インドネシア大統領選分析
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1075

・4月のインドネシア大統領選挙の行方を占う
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1044

・2019年インドネシア大統領選 ジョコ氏がイスラム保守派と組んで出馬するわけ
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1002

・広がる脱プラスチックストロー、インドネシアで高まる環境意識
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/overseas_detail/id=1090

・【世界の統計局】インドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/stat_area/?search_ext_col_01=01&topics_ext_options_search=1#area244

川村 晃一

日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター東南アジアI研究グループ長
主な著書に、『教養の東南アジア現代史』(編著、ミネルヴァ書房、2020年)、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の登場-』(編著、アジア経済研究所、2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著、アジア経済研究所、2012年)など。

 
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