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在メキシコ日系企業の人事戦略~成功のカギはチームワーク

森 範子

オフィス・グローバルナビゲーター代表

プロフィール詳細

グローバルマネージメント|北中南米|メキシコ|2019年04月26日

 人口1億2000万人。将来有望な国内市場と抱負な労働力をかかえ、米国と国境を接し、スペイン語を共通言語とする中南米経済圏に属するメキシコは、グローバルビジネスの最重要拠点の一つだ。2011年前後から同地で操業する日系企業が急増し、2017年10月時点で1182社(外務省調べ)となっている※1。
 ここでは設立から10年前後の比較的若い日系企業が最も注視すべきマネジメント課題として、「チームワーク」をとりあげる。メキシコでは、職場のチームワークづくりは、他のどの国と比べても難しい。一方、これに成功した場合の波及効果は極めて大きい。生産性を改善し、社員の満足度を高め、離職率を引き下げることが期待できる。日系企業へのヒアリング内容を紹介しつつ、チームワークを醸成する方法について述べる。

高い離職率が頭痛の種

1億2000万の人口を抱え、将来の有望市場として期待される

1億2000万の人口を抱え、将来の有望市場として期待される

 多くの日系企業が離職率の高さに頭を悩ませている。人件費の上昇も課題となっている。少しでも良い処遇を求めて転職してしまうという嘆きをよく聞くが、現実に、国境の州では「アメリカに行く」と伝言を残しただけで突然辞める社員も少なくないらしい。
 会社としても、社員の定着のため、賃金引き上げ、パーティーや社員旅行などの福利厚生、社員食堂の充実、送迎バス、トイレの改装などあらゆる策を講じているが、どれも決定力を欠くようだ。
 ところが2012年創業の自動車部品メーカーA社の離職率は2018年2月現在、間接部門で1~2%、工場労働者で5%にとどまっている。同社所在地近隣では10%程度の離職率の企業が多いと言われるのに比べると、社員がよく定着していると言えるだろう。ちなみに同社の賃金水準はごく平均的でしかない。
 同社の経営層によると、「チームワークの良さ」がこの社員定着の秘訣だという。日系メキシコ人の人事部長も「メキシコ人にとって楽しい仲間と一緒に過ごせることが一番大事」であり、賃金はその次の重要事項に過ぎないという。興味深いのは、複数の国際機関の調査によると、総人口の半分が「ぎりぎりの生活」をしている中にあって、多くの人が家族を中心とする親密な人間関係を保ち、幸福を感じていることだ※2。

固定的な社会階層、根強い階級・差別意識

 もっとも、企業組織の中では、そのような親密で結束した関係を築くのはそう簡単ではない。A社人事部長によれば「メキシコでは皆で協力して仕事ができる会社が少ない」という。こんな話もよく聞く。社員の間に、なんとなくまとまりがない。部門間や職種間のコミュニケーションが希薄。例えばエンジニアは一日中オフィスでコンピューターに向かって仕事をしているだけで、生産現場に出向くのを嫌がる。仕事が細分化されていて、他人の仕事は基本的に手伝わない。社員の親睦会を開くが、ホワイトカラーが参加すると工場労働者が来たがらない。その逆もある。企業理念浸透に力を入れているが、理念をもとにひとつにまとまる、といった状況にはほど遠い。
 職場のチームワークの難しさはメキシコに限ったことではないかもしれない。しかし植民地時代以降のメキシコの歴史は、他のどの国よりも経済的・社会的・文化的に明確に区分された階層社会を作ってきた。欧州、中東、アジア、アフリカ、先住民など様々なルーツをもつ人々がサブグループとして文化を維持している多民族・多文化社会だ。※3 しかもそれは単にダイバーシティーのある社会というだけではない。社会階層が固定的で、階級意識、差別意識が強い。こうした意識は「当たり前」のこととして表面化することこそないものの、社員間に壁をつくりチームワークを難しくしているかもしれない。
 それではどのようにすれば職場にチームワークの文化をつくることができるのか。再び前出の自動車部品メーカーA社の例を紹介しよう。

日本人社長のコミュニケーションスタイルが奏功

家族的な雰囲気作りが重要

家族的な雰囲気作りが重要

 同社のチームワーク文化を考える上でまず重要な役割を果たしていると思われるのが、日本人社長によるコミュニケーションスタイルである。改善提案や生産管理といった側面からチームワークの重要性を教える企業は多いが、同社は出勤時に社長自らが社員一人一人に名前で呼びかけ、「おはよう、今日の調子はどう?」「週末は何をした?」など、仕事とは直接関係のない話から会話を始める。急ぎの時も、要件のみ伝えるのではなく、笑顔で話し、社員の意見に耳を傾ける。サルサ・ダンスパーティーでは社長も踊る。このようにして家族的な雰囲気を醸し出すことに成功している。
 他の日系企業の現地社員も、「メキシコ人は尊敬をもって接してもらいたいと切望しており、『この人は自分との個人的な関係を大事にしてくれる』と感じることができれば、『この人のために頑張ろう』とみんながまとまる」と話してくれた。

自由な意見交換や提案ができる環境づくりに注力

 2つ目は会議の場や職場内で自由に発言や提案ができる環境づくりである。一般に、メキシコではトップダウンによる意思決定が多く、社員が会社への参加意識をもつことは少ない。社員に参加意識をもってもらうためには、職場の雰囲気、情報量、目的の共有、インセンティブが大事だ。
 まず、社長をはじめ経営幹部の駐在員は、部下の声に耳を傾け、誠意をもって対応するよう心がけている。家族的な雰囲気も、意見を言いやすい環境づくりの一環だ。また駐在員自ら現場に足を運び、通訳を交えて社員と直接話し、頻繁に情報を交換する。現場が主体的に判断するには、十分な情報と活動指針をよく理解することが何より大事であり、それには直接的なコミュニケーションが最も効果的だ。
 別の会社では提案へのインセンティブを設けている。一つの提案につき、内容の良否によらず、少額だが「提案奨励金」を出すというものだ。メキシコでは、税引き前利益の10%を労働日数と所得額に応じて全社員に分配する「労働者利益分配制度」がある。社員の実績とは関係なく自動的に分配されるもので、社員の参画意欲を引き出しにくいが、「提案奨励金」の導入により提案件数は着実に増えているようだ。

 3つ目のポイントは、サブグループ間をとりもつことができる人の要所への配置だ。要所とは、多くの部署と業務上の関係がある管理部門の役職者などだ。駐在員、技術者、管理職、生産現場の社員などあらゆる部署・階層の人とも意思疎通ができる語学力と社会や人間関係に関する洞察力を有する人をこうしたポストに置く効果は大きい。A社では日系メキシコ人で、日本語、英語、スペイン語を自在に操る人事部長が、サブグループの結節点となっている。また現地の人々の生活や価値観に通じている日本人のバックパッカーを多数採用し、製造現場と管理部門や駐在員とのコミュニケーションのパイプを太くしている。

仕事のチャンスを与え、「辞めたい」と思わせない

 チームワークを目標達成へと方向付けるという意味で、昇進と仕事のチャンスによる動機付けも必要だ。社会階層が固定的なメキシコでは、努力と実力次第で成功するチャンスが保証された会社は「希望の地」として、人を惹きつける力がある。
 社員に技能を伝承し、昇進の道があることを意識させ、ポテンシャルがあると判断した社員には幅広い仕事を担当させる。そのうえで、できるだけ総合的な知識や技能を身につけられるように配慮する。A社の社員によれば、「この会社を辞めたいと思わないのは、ここでは色々な経験ができるからだ」という。特に海外出張を伴う仕事は魅力のようだ。

チームワークがよければ離職率が下がるばかりでなく生産性も上がる

チームワークがよければ離職率が下がるばかりでなく生産性も上がる

 社長を核とした家族的な雰囲気、意見を言いやすい環境、組織横断的なコミュニケーターの人選、昇進と仕事のチャンス--。これらがチームワーク文化を下支えする。A社では、管理部門だけでなく、製造現場の社員も「社員は皆家族、チームワークが大事」という価値観を共有している。日本人駐在員からは「ラテンの人は陽気だがいい加減なところがある、という先入観があったが、実際に一緒に仕事をしてみると、真面目でコツコツと働くうえにミスも少ない」という話が聞かれた。よいチームワークは離職率を下げるだけでなく、生産性の高い職場づくりにも効果がある。
 A社の社員数は現在500人強。今後拠点増強の予定もあるようだ。企業規模の拡大に向けて、駐在員に代わってチームワーク文化を伝承できるリーダー人材の育成に注力している。

※1 アジア市場のハブとして地域統括拠点を置く日系企業も増えてきたタイでは、2018年4月時点で1764社が操業する。(JETRO)
※2 OECD Better Life Index http://www.oecdbetterlifeindex.org/countries/mexico/
※3 外務省ホームページによると、欧州系(スペイン系等)と先住民の混血60%、先住民30%、欧州系(スペイン系等)9%、その他1%。欧州系白人、先住民、植民地時代にアフリカから強制的に連れてこられたアフリカ人の子孫、19世紀後半に欧州・中近東・アジアの各地から移住してきた移民の子孫など多様なルーツをもつ。

関連ページ

・ASEANにおける人事課題
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1019#detailProfile

・タイ現地法人でのコンプライアンスの進め方
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=991

・「ニッポン」を身近に感じたメキシコ訪問
https://gmc.nikkei-r.co.jp/research_detail/id=1011

・【世界の統計局】タイ
https://gmc.nikkei-r.co.jp/stat_area/?search_ext_col_01=01&topics_ext_options_search=1#area243

森 範子

オフィス・グローバルナビゲーター代表

銀行シンクタンク、外資系コンサルティング会社、日系メーカーの人事部長を経て、現在、オフィス・グローバルナビゲーター代表。海外人事に関するコンサルティングを行う。

 
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