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プログラム|特別講義 -専門家に聞く-

日欧EPA発効とBrexitの行方

末冨 純子

弁護士(日本・米国ニューヨーク州)、早稲田大学法学部非常勤講師 東京弁護士会人権擁護委員会副委員長

プロフィール詳細

アカデミック|北中南米|米国|2019年03月13日

はじめに

 2019年2月1日、日欧EPAが発効した。協定に基づいて優遇税率を適用することにより利益を得られる企業は多いはずだ。他方、日欧EPAの規定の精緻さにより、これをどのように利用すべきか戸惑いを覚える輸出入者も多い。しかし、せっかくのチャンスが到来しているのに、コンプライアンスを理由に機会を逃すのでは本末転倒だ。勇気をもって、チャンスを取りに行く。日欧EPAの発効がそのような契機になればいい。

 日本企業の英国からの工場撤退のニュースに、日本の業界のみならず、英国を含む世界経済に衝撃が走った。「想定内だ」と言うのかと思われた英国のメイ首相は「失望した」とその衝撃を露わにした。新たなビジネスの展開をもたらすであろう日欧EPAの発効と同じ場面で、英国とEUとの交渉が難航し、「合意なき離脱」のリスクが現実化しつつある。対照的な2つの動きを追う。

EPA発効、望まれる優遇税率申請

(1) 市場アクセス
 日欧EPAの利用者としてまず関心を呼ぶのは、関税の低減による市場アクセスの改善だ。日本からEUへ輸出する工業製品について、100%の関税撤廃が達成される。例えば、乗用車の税率は10%だったものが、8年目(7年後)に撤廃、自動車部品は貿易額で9割以上が即時撤廃となる。農産品のほぼすべての品目で関税が撤廃となる(ほとんどが即時撤廃)。酒類の輸入規制(「日本ワイン」の輸入規制、単式蒸留焼酎の容器容量規制)が撤廃される。
 EUから日本への輸出については、農産品を中心に関税が撤廃・削減される。ワインの関税は即時撤廃される。豚肉は差額関税制度を維持したうえで、段階的に撤廃・削減される。パスタとチョコレートは10年後に撤廃される。ソフトチーズで29.8%、プロセスチーズで40%の関税は、低関税輸入枠を設定したうえで、15年後には撤廃される。バッグ、財布、靴などの革製品は10年後または15年後に関税撤廃となる。

(2) 原産地手続について
 関税が低減・撤廃されるのは好ましいことであるが、これは当事国の基本税率あるいはWTO加盟国に認められる税率に対して優遇されている。自動的に適用が認められるのではなく、当事国の原産性を証明して優遇税率を申告する必要がある。
 日欧EPAにおける原産地規則*1は、CPTPP(アジア太平洋経済連携協定)などの原産地規則と同じように、①完全生産品②原産材料のみから生産される産品③品目別規則における実質的変更基準((i)関税分類変更基準、(ii)付加価値基準、 (iii)加工工程基準の3類型がある)を満たす産品を原産品と認める。原産材料の累積(モノの累積)のほか、生産行為の累積も認められている(一方の締約国の原産品や生産行為を他方の締約国の原産材料や生産行為とみなす)。
 優遇税率の申請にあたっては、事業者(輸入者、輸出者または生産者)自らが原産品申告書を作成することができる自己申告制度が採用されている(CPTPPと同じである)。
 輸入国税関は、輸入された産品が原産品であるかを確認するため①輸入者への情報の要請②輸出国税関を通じた輸出者・生産者に対する検証を行うことができる。
 この原産品申請及びその後の検証の手続きに対して慎重になるあまり、原産品申請に踏み切るのを躊躇する企業も見受けられる。

(3) 利用あってのコンプライアンス
 申請手続きの煩雑さや検証に耐えうるかを憂うあまり申請しないのは、日欧EPAの趣旨からは本末転倒だといえる。
 日欧EPAは税関手続きの透明性・予見可能性の確保、簡素化も規定する。各税関は新しい手続きについての説明や相談を受け付け、説明資料も準備している。それぞれの市場に対する戦略に変化がみられるであろうこの時期に、積極果敢な優遇税率の申請手続きに多くの企業が参加することが望まれる。
 コンプライアンスの体制・手続きは必要である。だが、法的要請とその効果も踏まえて、合理的な方法を模索し選択することがビジネスの遂行にとって必要だ。

消えない「合意なき離脱」シナリオ

 2016年6月23日の英国の国民投票で、英国のEU離脱が賛成多数となり、決定された。2017年3月29日、英国のメイ首相は、欧州連合基本条約第50条を発動し、EU離脱を告げる手紙をEUの大統領に渡した。これにより2019年3月28日までに(同月29日をもって)、英国が欧州連合から脱退することが決まった。
 Brexitといっても、様々な形態が考えられる。EUという関税同盟や、人やサービスの流動性を認める経済圏の中で、いかにして英国がその関係性を維持できるかということに注目が集まってきた。当初、英国とEUとが何らの合意することなく離脱をするという「ハードコアBrexit(合意なき離脱)」は一つの極端な例として挙げられたとしても、そうなる可能性が高いとは大方の予想するところではなかった。
 しかし、メイ首相が漸く到達したEUとの協定案は、2019年1月に英国議会で否決され、その後の再交渉も現時点で奏功していない。ここに至って、ハードコアBrexitの可能性が一気に高まってきた。

 2019年2月21日、英国政府は、同国がEUから3月末に合意がないまま離脱した場合、日本との間の日欧EPAの対象から外れ、これを代替する日本との協定も間に合わない見通しになったと発表した*2。
 日本政府は、英国の「合意なき離脱」を含めたBrexitを見据えた総合対策をとると発表した。英国への輸出時の認証手続きを簡単にする2国間の「相互承認協定」など3つの協定の整備を先行させる。また、輸出品への高関税は避けられないものの、新たな貿易枠組み交渉にも取り組む*3。
 新たな貿易枠組み交渉の場合、これまでの日欧EPAの内容が踏襲されるかたちになるのであれば時間の節約もできるであろうが、これを一から行うのであれば、他の自由貿易協定の交渉と同様、それなりの時間と労力を覚悟する必要がある。
 メイ首相は2019年2月末、それまで言及することのなかったEUからの離脱時期の延期をEUとの協議の選択肢に入れた。メイ首相の新方針は、3月12日までに英・EUで協議を進めている離脱協定の現行案を英議会で承認されなければ「合意なき離脱」や「離脱延期」の是非を問うという内容である。 選択肢が増えたことで「合意なき離脱」は遠のいたと安堵する向きもある*4。しかし問題は、延期がメイ氏が予定しているように3カ月程度にとどまるのであれば、2年かけて解決できなかったことが、3カ月で解決する見込みがあるのか、という高いハードルは依然としてそこに存在しているということである。

今後の動き

 皮肉なことに、日欧EPAの発効は「合意なき離脱」における英国とのビジネスの難しさをより鮮明に印象づけることになった。
 英国自体も重要な市場であり、日英間における長年の関係性から、人や機能が突然英国から離れていくとは考えにくい。しかし、今後の新しい投資について、複数の選択肢がある場合、英国がその候補として選択される可能性が低くなることは避けられないであろう。一つの工場が移転すれば、それに伴う部品調達ルートの変更、人の移動が必然的に起こってくる。
 おそらく多くの企業にとっては、今後の状況に応じて、想定された複数のシナリオのうちの一つに従って、段階を踏んで幕開けへの準備を進めることになるのであろう。そのシナリオが、国民投票で沸き立った英国民の想定したものであったのか。この点の検証も既に始まっているはずである。

出典

・*1 財務省関税局・税関「日EU・EPA原産地規則について」2018年11月12月
http://www.customs.go.jp/kyotsu/kokusai/news/eu_roo.pdf

・*2 BBC News
https://www.bbc.com/news/business-47319533

・*3 2019年2月22日日本経済新聞朝刊
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41573490R20C19A2MM8000/

・*4 2019年3月1日日本経済新聞朝刊
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41906280R00C19A3EAF000/

関連ページ

・日-EU EPA大枠合意の意義と課題
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=893

・TPP-11大筋合意、日欧EPA妥結、一帯一路構想、それから
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=932

・日・EU EPA署名と新たな競争
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1001

・技術的優位性への闘い~米国、新たな投資規制「FIRRMA」導入
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1040

・寒空に楽しむイギリスの花火事情
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/overseas_detail/id=1013

・【世界の統計局】EU
https://gmc.nikkei-r.co.jp/stat_area/?search_ext_col_01=03&topics_ext_options_search=1#area330

末冨 純子

弁護士(日本・米国ニューヨーク州)、早稲田大学法学部非常勤講師 東京弁護士会人権擁護委員会副委員長

通商法等を中心に実務に携わる。

主要著書に『Q&A FTA・EPA ハンドブック-関税節約スキームとしての活用法』(民事法研究会,2013年)、『国際投資仲裁ガイドブック』(中央経済社、 2016年)等。

 
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