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4月のインドネシア大統領選挙の行方を占う

川村 晃一

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アカデミック|アジア・オセアニア|インドネシア|2019年01月28日

 2019年4月17日に投票が行われるインドネシアの大統領選挙。これまでのところ、現職のジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領も対抗馬のプラボウォ・スビアント氏も組織固めに注力しており、目立った選挙運動は展開されていない。しかし投票日が近づいてくれば、選挙戦も次第にヒートアップしてくる。
 前回の記事では、ジョコウィ大統領がペアを組む副大統領候補にイスラム保守派指導者のマアルフ・アミン氏を選択した背景とその意味を考察した。今回はジョコウィ大統領との2度目の対決となるプラボウォ氏が副大統領候補に選んだ人物を通して大統領選を見通してみる。

プラボウォ氏、副大統領候補に若手実業家

 野党第1党のグリンドラ(大インドネシア運動)党を率いるプラボウォ氏はジャワ貴族の由緒ある家系出身の元陸軍将校で、海外生活も経験したエリートである。父はインドネシアにおける経済学の泰斗で閣僚も歴任した。成人して陸軍に入り、当時の権力者であるスハルト大統領の娘と結婚するなど、軍内での存在感を急速に増していった。国軍が関わった数々の人権侵害事件を背後で指揮していたともいわれ、民主化後には軍籍を剥奪されて海外に一時逃亡していた。
 しかし2004年に政界入りすると、強い指導力で国民を先導する政治家というイメージを確立させることに成功し、2014年の大統領選挙ではジョコウィ氏との間で大接戦を演じた。67歳になったプラボウォ氏にとって、政治家として残された寿命はそれほど長くない。今回の選挙では是が非でも大統領の座を獲得したいと考えている。
 そのプラボウォ氏が副大統領候補に選んだのは、1969年生まれの若手実業家サンディアガ・ウノ(通称サンディ)氏だ。投資会社を設立するなど若手有望企業家として注目され、青年会議所会頭や商工会議所副会頭を歴任するなど財界でも活躍してきた。
 2015年に政界入りし、2017年のジャカルタ州知事選で、若手知識人アニス・バスウェダン氏の副州知事候補として選挙戦を戦った。中国系キリスト教徒の現職州知事に対するイスラム保守派のバッシングが吹き荒れるなか、当選を果たした。今回、サンディ氏はジャカルタ副州知事の職を任期途中で辞して、プラボウォ氏の副大統領候補として立候補した。

女性、ミレニアル世代の取り込みねらう

 プラボウォ氏の副大統領候補選びは難航した。連立を組んだイスラム系の福祉正義党(PKS)は自党の有力者を推し、スシロ・バンバン・ユドヨノ前大統領が率いる民主主義者党は同氏が後継者と考えている自身の長男を副大統領候補にするよう圧力をかけた。しかしプラボウォ氏は知名度の低いイスラム系政党の指導者を選ぶことも、借りを作ることになるユドヨノ氏の長男を選択することも躊躇した。ジョコウィ氏が誰を副大統領候補に選ぶのか分からなかったことも、プラボウォ氏の決断を遅らせた。プラボウォ氏が副大統領候補をサンディ氏にすると発表したのは、ジョコウィ氏がマアルフ氏との立候補を発表した直後、立候補登録締め切りの前日深夜のことだった。
 当初は候補者リストになかったサンディ氏が選ばれたのは、ジョコウィ氏と対抗するうえでプラボウォ氏と最も相互補完性が高いとみなされたからである。ジョコウィ氏はイスラム票を取り込むためにイスラム保守派の指導者を副大統領候補に選んだが、もともとプラボウォ氏はイスラム票の支持が強い政治家である。ここでプラボウォ氏がジョコウィ氏と同じ戦略をとってもあまり意味はない。
 むしろ、プラボウォ氏は若くてフレッシュなイメージがあり、イケメンのサンディ氏をパートナーに据えることで、有権者の半数を占める女性や、過半数を占める10~30歳代のミレニアル世代からの支持を固める戦略に出たのである。若手実業家であるサンディ氏であれば、「経済に強い」ことを有権者にアピールできる。そのうえ、有力な中国系(華人)実業家に対抗できるマレー系原住民出身の実業家として有権者のシンパシーを獲得することも可能だ。サンディ氏は敬虔なイスラム教徒というイメージを持っており、イスラム票を逃すこともない。パートナー決定までは混乱もあったものの、サンディ氏の選択はプラボウォ氏にとって間違いではなかったといえるだろう。

現職優勢、選挙後の社会の分断が懸念

 「ジョコウィ政権に満足していますか?」という問いに対する国民の満足度は、2016年以降60%以上を維持しており、2017年後半以降は70%台で安定している。「いま大統領選が行われたら誰を選びますか?」という問いで導き出されたプラボウォ氏との支持率の差も、25%以上開いている(図1)。これらの数値だけをみると、ジョコウィ大統領の勝利はいまのところ間違いないように思われる。しかし、何が起こるか分からないのが選挙である。

(出所)Saiful Mujani Research and Consulting (SMRC)の世論調査より筆者作成

(出所)Saiful Mujani Research and Consulting (SMRC)の世論調査より筆者作成

 前回2014年の大統領選でも、選挙戦が始まる前の両者の支持率は今回以上に開いていた(図2)。しかし、選挙戦が始まるとじりじりとプラボウォ氏の支持率が高まっていき、投票日直前には両者ほぼ横並びになるまでの大接戦となった。

(出所)Saiful Mujani Research and Consulting (SMRC)の世論調査より筆者作成

(出所)Saiful Mujani Research and Consulting (SMRC)の世論調査より筆者作成

 5年前のプラボウォ氏は、スハルト時代に強権的な軍人だったという記憶のない若年層の有権者に、「強い指導者」というイメージで支持を訴えかけることに成功した。今回はジョコウィ支持者に多かった女性有権者の支持を取り込もうと、サンディ氏を地方に送り込み、住民との接触を積極的に展開している。
 前回は「ジョコウィは華人である」「ジョコウィはイスラム教徒ではない」といったフェイクニュースが拡散されたことで、選挙戦終盤でのジョコウィ支持が伸び悩んだ。5年前に比べると、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の利用者がさらに増え、フェイクニュースの拡散力も増大している。すでにネット上では両陣営の非難合戦が展開されている。投票日が近づくほど相手陣営に対する攻撃も激しく、容赦のないものになっていくだろう。
 2014年大統領選の後、ジョコウィ支持者とプラボウォ支持者の間の分断がしばらく修復されないまま残った。2017年のジャカルタ州知事選では、再び社会の分断が顕在化した。その傷が癒やされないままに行われる2019年の大統領選挙は、誰が次の政権を担うのかという結果も大事ではあるが、インドネシアの今後の安定を考えるうえでも重要な意味を持つ。

関連ページ

・2019年インドネシア大統領選 ジョコ氏がイスラム保守派と組んで出馬するわけ
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=1002

・2019年大統領選に向けた動きが活発化してきたインドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=973

・インドネシア人の朝食はボリュームたっぷり
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/overseas_detail/id=1041

・【世界の統計局】インドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/stat_area/?search_ext_col_01=01&topics_ext_options_search=1#area244

川村 晃一

日本貿易振興機構アジア経済研究所 学術情報センター 主査
主な著書に、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の登場-』(編著、アジア経済研究所、2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著、アジア経済研究所、2012年)など。

 
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