トップ  >   プログラム  >   特別講義 -専門家に聞く-  >   2019年インドネシア大統領選 ジョコ氏がイスラム保守派と組んで出馬するわけ

プログラム|特別講義 -専門家に聞く-

2019年インドネシア大統領選 ジョコ氏がイスラム保守派と組んで出馬するわけ

川村 晃一

プロフィール詳細

アカデミック|アジア・オセアニア|インドネシア|2018年10月01日

 2019年4月に行われるインドネシアの大統領選の実質的な火ぶたが切って落とされた。8月10日に現職のジョコ・ウィドド大統領と、元陸軍将校のプラボウォ・スビアント氏がそれぞれ立候補を届け出て、5年前の2014年大統領選と同じ顔合わせで選挙が戦われることになった。しかし、それぞれの大統領候補とペアを組む副大統領候補は、前回とは異なる人物が選ばれた。実は、この副大統領候補にどのような人物が選ばれたのかを見ると、それぞれの陣営が来年の大統領選をどのように戦おうとしているのかという選挙戦略が見えてくる。ジョコ大統領が副大統領に選んだ人物を通して、2019年大統領選を見るポイントを考えてみる。

副大統領候補に75歳のイスラム保守派指導者

 現職のジョコ大統領は、早くから政党の支持を固めて選挙に向けた準備を有利に進めてきた。インドネシア大統領選では無所属の立候補は認められておらず、国会で20%以上の議席を有している単独政党もしくは複数政党の連合、あるいは前回の選挙で25%以上の得票率を得た政党・政党連合の支持が必要である。ジョコ氏は自身の出身政党である闘争民主党(PDIP)や議会第2党のゴルカル党をはじめ、現与党連合を構成する6政党からの支持を早々に固めていた。これらの6政党で国会の議席占有率は60%を超えている。世論調査でも支持率が70%を超えていて、国民からの人気もまったく衰えていない。

(出所)筆者作成

(出所)筆者作成

 ジョコ氏としては、現副大統領であるユスフ・カラ氏と再び手を組んで2期目を目指すのが最善の策であった。しかし、カラ氏は2004~2009年のスシロ・バンバン・ユドヨノ第1期政権で副大統領をすでに務めており、「正副大統領への就任は2回まで」という憲法の規定があるため、立候補の資格がない。この「2回」という規定の意味が、単純に2度というカウントなのか、2期連続という意味なのかをめぐって憲法裁判所で解釈を争う動きもあったが、憲法裁はこの動きを受け付けなかった。
 そのため、ジョコ氏は新しいパートナーを探す必要に迫られた。ジョコ氏擁立に加わった各政党は自党の党首を副大統領に推していたが、どの党首も人気や実力といった点で弱く、ジョコ氏の選択肢には入っていなかった。そうすると、政党人以外で選挙戦におけるジョコ氏の弱点を埋められる人物が副大統領候補として最適任となる。それは、ジョコ氏に対する支持が最も脆弱である「敬虔なイスラム教徒」の有権者からの支持が得られる人物であった。
 そこでジョコ氏が選んだのが、マアルフ・アミン師である。マアルフ師は、今年57歳になったジョコ氏よりも18歳年上、75歳のイスラム教指導者である。同師はイスラム法学者であるが、1970年代から政治家としても活動してきた。近年は、インドネシア最大のイスラム組織ナフダトゥル・ウラマー(NU)の総裁や、半官半民組織のインドネシア・ウラマー評議会(MUI)議長などの要職も務めている。

保守派の支持固めねらい

 インドネシアのイスラムは、暴力に訴えてイスラム的価値観を実現しようとする急進派から、多元主義や世俗主義を尊重するリベラル派までその内実は多様であるが、マアルフ師は、多元主義的な教義解釈を否定する保守的なイスラム指導者である。キリスト教などの少数派宗教施設の建設を制限することに賛成したり、LGBTなど性的少数者に対する刑罰の導入を支持したりするなどの発言をこれまでしてきた。特に同師の保守性が典型的に示されたのが、2016年に中国系キリスト教徒のジャカルタ州知事バスキ・チャハヤ・プルナマ氏がイスラム教の聖典コーランを侮辱したとのファトワ(法的見解)をMUIが出すことを主導したことである。このファトワは、バスキ州知事がイスラム教を冒涜したと糾弾する動きに正統性を与え、イスラム保守派団体による宗教対立を利用した大衆煽動へとつながっていった。
 ジョコ大統領は、宗教や民族の多様性を認める世俗派のイスラム教徒であり、保守派とは反対の立ち位置にいる人物である。なぜジョコ氏は思想的に遠い位置にいるはずのイスラム保守派をパートナーに選んだのか。それは、ジョコ陣営が2019年大統領選で鍵を握るのが、イスラム票だと考えていることの表れに他ならない。5年前の大統領選でも、イスラム組織の影響力が強い地域ではジョコ氏は苦戦している。しかも、2017年のジャカルタ州知事選で、住民から人気のあった現職知事がイスラム保守派からの攻撃を受けて敗北するなど、イスラム保守派の勢いが増しているという現実もある。ジョコ大統領としては、イスラム保守派を陣営に取り込むことで「敬虔なイスラム教徒」の有権者からの支持を固め、選挙での勝利を確実にしたいという思惑がある。

選挙後の保守勢力台頭に懸念

 ジョコ氏がイスラム保守派の指導者であるマアルフ師と組めば、「ジョコ大統領はイスラム教徒に対する配慮が足りない」といった批判を受けることもなくなるし、親イスラムか反イスラムかという分断を煽るような動きを抑えることもできるかもしれない。また、すでに国民的人気が高いジョコ氏は、自らの弱点を埋めることができ、有利に選挙戦を展開できるであろう。
 しかし、それはジョコ氏にとって諸刃の剣となる可能性もある。マアルフ氏と組むことで、ジョコ氏は再選を果たすことができるかもしれない。しかし、イスラム保守派を副大統領という重職に取り込むことは、彼らの主張に正統性を与えることにつながりはしないだろうか。イスラム教徒の利益を最優先せよ、イスラムの教えに反する(と彼らが考える)政策は許さない、といった主張が出されたときに、ジョコ氏はどう対応するのか。それは、少数派の立場にも配慮し、多様性を認め合うことでインドネシアという多民族国家の統一を守っていくというジョコ氏の考え方とは相反するのではないのか。今回のジョコ氏による副大統領候補選びが、インドネシアの政治・社会におけるイスラム化の動きをさらに推し進める結果になるのではないか。選挙の結果以上に、その影響はより大きなものになるかもしれない。

関連ページ

・知られざる外交大国・インドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=978

・2019年大統領選に向けた動きが活発化してきたインドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/column_detail/id=973

・在留邦人が多数参加したジャワ伝統文化イベント
https://gmc.nikkei-r.co.jp/features/overseas_detail/id=989

・【世界の統計局】インドネシア
https://gmc.nikkei-r.co.jp/stat_area/?search_ext_col_01=01&topics_ext_options_search=1#area244

・【アジア編】2019年版調査をアジア15カ国で開始しました
https://gmc.nikkei-r.co.jp/salary/news_detail/id=992

川村 晃一

日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター東南アジアI研究グループ長
主な著書に、『教養の東南アジア現代史』(編著、ミネルヴァ書房、2020年)、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の登場-』(編著、アジア経済研究所、2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著、アジア経済研究所、2012年)など。

 
PAGETOP